龍皇女婚譚

溶ける様に、深く深く隅の隅まで入り込んで、私の体の一部に。
王城ルクシェブルクの門前で三人の近衛兵が長い槍に持たれつつ、まだ寒い春の夜の冷たさを堪えながら立っていた。
「う〜まだ寒いなぁ。こう寒いと熱いラテ酒(蜂蜜酒)をグイッといきてぇなぁ」
少しでも暖まろうと足を動かし脚あてをカチャカチャと言わせる。
「だなぁ…って、そりゃいつもじゃねぇか」
「そうだそうだ!そうに違いねぇや!…しかし眠いな」
兵士達ががはがはと笑っていると、内一人がポツリと呟いた。
「おいおい…まだ二時だぜ?キバレよ」
「分かってんよっ…けど瞼が落ちてくんだよなぁ…ふぁ」
「俺もだ…春の夜だからか…?ふあぁ……」
バシバシと頬を叩くがなかなか眠気は抜けない。
しばらくするとガシャンという音が響き、一人の兵が槍を落として倒れ込んだ。直ぐに助け起こそうとした二人も力が抜けたように倒れ込み、静かに寝息を発て始めた。
ひっそりと静まりかえった門前にこっそりと足音を殺して一人の少女が近付く。そのまま眠っている兵士の腰から鍵を奪い門を開け、静かに門の中に滑り込んだ。門のすぐ側にある駐在所に控えていた五人程の兵士もぐっすりと眠り込んでいるのを確認し、城の中へ足を進める。
いくら夜と言っても王城。起きてる人がぱらぱらといて、それらを物陰に隠れたりして避けながら少女は目的の部屋へ足を進めた。
「おや、本当に玖桜殿が来たのう。陛下の言われた通りですじゃ」
「!!」
三階へ続く階段の大広間に少女が辿り着いた時、突然段上で蝋燭の灯りが灯った。仄暗い蝋燭の灯りの中に浮かび上がる人影に少女は身を固くする。
段上には柔らかな物腰の初老の騎士が微笑を浮かべて佇んでいた。
騎士隊の制服である金の肩飾りと、ボタンの付いた漆黒の膝下までの長いローブと、黒の軍用靴で身を包み、胸には騎士隊の紋章である剣に絡む龍をあしらった金のブローチが輝き、腰には細身の長剣が鎖で吊るされていた。
綺麗な白髪は首の後ろできっちりと結ばれ、鎖骨辺りまで伸びた顎髭はきちんと整えられている。
柔らかな琥珀の瞳は優しく少女―玖桜を見つめていた。
「……千隼大佐」
千隼と呼ばれた初老の騎士は、玖桜の爛々と金色に輝く目を見つめ、柔らかに告げる。
「力を止めていただけはせんかな?そんなことせんでも玖桜様を止めやせんよ」
玖桜は一瞬逡巡するも、言われた通りにする。軽く目を閉じ開いた次の時には、もう彼女の瞳はいつもの褐色に戻っていた。
「力のコントロール…大分手慣れておりましたのう」
うーん。そうでしょうかね。
玖桜はむぅ…と唸りながら顔の前で手をひらひらとさせる。
「コツは掴んできました。自分が操りたい物の全てになる感じ……細胞に成れば良いんです。天候を操ったりとかは…一人では無理なんですけど」
そうですか…とのんびりと言う大佐はまるでお爺ちゃんのようだと思い、王宮の重圧感に緊張していた玖桜は少し安心する。
「私が来ること…国王はご存知で?」
登ってくる玖桜を待ちながら千隼は答える。
「璃緒様の縁談話がもちこまれた時、昨日の話じゃが、その時から…いつか来るだろう…とは。」
私の行動は読まれてるって事ですね。
「……大佐はどこまでご存知でここにいらっしゃったんですか?」
「詳しくは何も存じとりませんが貴方がいらっしゃるということは、璃緒様の縁談とあの盗賊の少年が一枚絡んでいるんだろうと推測しておりましたな」
違いましたかな?と千隼は国王の部屋へ案内しつつ視線で尋ねる。
「私も璃緒ちゃんの縁談はさっき聞いたばかりです」
「そうですか」
「…瑯の事は、どう推測してらっしゃいますか?」
千隼はふむ、と少し考えてから口を開いた。
「私も国王の側近の一人ですからな、少年が"王の盗人"として働いているのは耳にしております。貴方が力を使ってまであまり近付かない王城に来られるという事は、それ相応の事態が起きたのでしょうな。縁談を滅多に受けない璃緒様が自ら相手に会いに行ったのもその為じゃろう」
「王は瑯を探すでしょうか」
「国交の妨げにならなければ探すでしょうのう。それは国王のお考え次第じゃて」
玖桜がポツリと呟くと、千隼は用意されていた答えを返した。
「そう…」
玖桜はそう言うと口をつぐみ、千隼もまた黙って歩を進めた。
やがて他より一回り大きく細工の細かい扉が見えてきた。
あれが国王の部屋。
扉の前で止まると、千隼は扉を小さくノックすると直ぐに返答があり、内側に控えていた騎士が小さく扉をあける。
「さぁどうぞ中へ。ほりゃお前はワシと共に外で番じゃ、はよ出なさい」
千隼は玖桜を中へやりつつ騎士を引っ張り出す。最後に軽く深呼吸して中へ入る玖桜の背中に呼びかけた。
「少年が無事でいるよう祈っとります。それと、お困りでしたらいつでもお声をおかけ下さい。出来る限りの力をお貸ししますじゃ」
玖桜が振り向いた時には扉がしまった後だったが、玖桜は千隼に向かい「ありがとう」と微笑んだ。
「千隼大佐は相変わらずお主に甘いな」
「"あら、女性全てにお優しいのよ。"と璃緒様なら仰ると思いますよ。全=ジェドモンド国王陛下」
玖桜は正面に座る全を見据えて答えるとスカートを摘まみぺこりと頭を下げ、直立に戻る。
「目に浮かぶようだよ。それと、いつもの様に話しなさい。私の前だからと言って呼び方を変える必要はない。」
本来なら私こそ敬語を使うべきなのかもしれないしな、と笑いながら全は立ち上がり、玖桜を客席へ誘う。
玖桜はお互いに腰掛けたのを確認すると、軽く息を吐き躊躇いを捨て唇を開いた。
「単刀直入に申しあげます。瑯はどこ?」
「私達は認知していない」
全は玖桜がそう言うだろうと計っていたタイミングで返答した。
「最後に瑯が連絡したのはどこです?」
「煌帝国の山中、鷹を使って書を寄越して以来途絶えている」
「瑯はどこに何を調べに向かっていたんですか?」
「煌帝国とバルディウス公国のどちらかだろう。他国の秘宝について調べていた。次はこちらが聞こう。何を感じてここへ来た」
秘宝――…私も噂くらいは聞いた事があります。関わりのない話ではありませんし。
「…瑯を探す気はあるんですか?」
「――質問に答えなさい。」
 ――――――…!!
玖桜の全身にぞわっと悪寒が走り鳥肌が立った。
やっぱり国王は…怖い。
玖桜は全の全身から発せられる威圧感に呑まれそうになる。
「――言わないと言う事は、私に言えば捜索は断たれ、自分で探しに行くのも邪魔されるから言わないという事か」
「違う…っ」
顔を上げると怒りに燃えた全の目をまともに見てしまい一瞬ですくみ上がる。
全は玖桜の身が固くなったのに気付き、苦笑し態度を柔らかく改めた。
「私が国民を見捨てると思うか。私は国を統べる者として国民を第一に考えている。確かに生まれたばかりのお主を親元から離し、神殿に閉じ込めた事は許される事ではないだろう。しかしあの様な辺境の地に巫女を置き去りにすればいつお主や周りの者の命を危険に晒すか分からぬ。私の役目は国民の命を守る事だ。」
「それは…国民の心は守らないのですか?」
「もちろん守れるなら守りたい。しかし全ての国民を守る事が出来る程自分に力があるなどと驕るつもりはない。そして守るだけでは人は成長出来ぬ。国民が弱くなる。いくら保護し支援しようとも、最後は己の力で立つしかないだろう。」
う、正論です。
「私は花を愛でる時、雑草は抜くが農薬を撒きはしないのだよ」
やっぱり私では勝てないですね。理解して、納得してしまうから。
玖桜はため息をつき、悔しいながらも口を開いた。
「一瞬、瑯の感情の激しいブレを感じ、その後繋がりが一気に切れました」
「ふむ…それを巫女はどう見る?」
「瑯は囚われ、結界か何か…私と瑯との繋がりを断つ物の中にいる…のだと。」
「やはりそうか……」
ではどうするかな…と思案する全に玖桜は厳しい顔で訊ねた。
「瑯をお探しになりますか?」
「瑯には"王の盗人"となる際に"俺が捕まっても王が悩む事はない。眉を寄せず足枷は捨てろ"と言われた」
「ええ…」
分かってます。
玖桜は膝の上できゅっと拳を握る。
「一人の盗人の為に戦争の危険を招くつもりもない」
「えぇ分かってます。分かってますけど…」
「しかし私としては――…有能な盗人を失うのは非常に惜しい」
それは――…。
玖桜はわなわなと唇を震わす。
「更に次期国王が盗人に妙に執着しているし、愛娘は探しに行くと自ら敵陣に赴くし……困った事じゃないかね?ん?」
それは…。
「…探して…頂けるのですね……?」
ほろりと落ちた涙を全は優しく拭い取った。
「あ、す、すみません…っあのあの…」
「突然瑯との繋がりが切れて心細かったのだろう…?ここまで張りつめた表情で…やはりお主には笑顔の方が似合う」
―――…寂しかった。
玖桜の大きな目から涙が溢れた。
「これが"寂しい"なんですね」
神殿にいる時は、こんな気持ち知らなかった。
寂しかった。寂しい、寂しいんです瑯。
一度知ったら、知らない事には出来ないんです。
「あぁ全くこんなに泣いて…。必ず助け出す」
寂しい、会いたい、会いたい。
一人は怖い、会いたい、会いたいんです。
「安心したかね?」
全が差し出したハンカチに玖桜は顔を埋めた。
「……はい」
穏やかに玖桜を眺めた全が「お茶でも淹れさせよう」と立ち上がったその時。
バンッと扉が大きく開かれた。
「父さ…国王!!緊急伝令ですっ」
そこまで叫んで、玖桜がいるのに気付き、深良は慌てて口を接ぐんだ。
「良い、深良=ディル。報告を」
良いのか…?と少し心配そうな顔で深良は報告した。
「璃緒=エルが弓でいられ、崖に墜落。生存はまだ確認されておりません。」
ゆ…み……?
ぐらりと世界が歪むのが分かった。
ふらりと倒れそうになるのを、深良が咄嗟に受け止める。
玖桜は顔をを両手で覆い、「璃緒ちゃん…」と苦し気に洩らした。
全は椅子に深く腰掛け直し、静かにため息を吐いた。
「深良=ディル。そこに…バルドスかラティ、シラクはいなかったのか?」
「は…いえ、少し離れた所に居た様ですね。璃緒は客人二人と話していた…と。」
深良の報告にゆっくり頷くと、玖桜をじっと見つめた。
「玖桜。お主は瑯と璃緒を助けたいかね?」
「もちろん……っ私に何か出来る事がありますでしょうか?」
「では協力願おう。」
玖桜はじっと言葉を待ち、深良もまた見つめ、王の頭を駆け巡る考えを読み取ろうと待った。
全は暫し悩むが、意気込んで答えた玖桜を見据え告げた。
「…揶矯を呼び戻し、これを持って二人でシシル山脈を越えて煌帝国へ」
そう言うと、胸元に手を入れ、木の皮紐のネックレスを取り出す。
皮紐の先には複雑に彫られた龍の水晶が下がり、きらりと光を放っていた。
by 遊 水羽  at 13:27 |  GuildWorld -龍皇女婚譚- |  comment (0)  |   |  page top ↑
Comments
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:遊 水羽
+ゆとりのオリジナルキャラクター
瑯row 玖桜cou 揶矯yata 璃緒akio
の日記形式で展開します。
空飴風味本舗で描く本編とはまた違った瑯達の世界をお楽しみ下さいv
※キャラクター基本設定に変更はありません。
設定は国などをまとめ次第、空飴風味本舗にてUPさせて頂きます。


=言いたいことをぽつぽつと。=

いらした方はぜひ足跡残して下さいなv
コメント大歓迎です!どうぞゆとりに知恵を…!!

また字間違い等ありましたらご連絡下さいっ
ついでに遊がBLに走りそうだったらどうぞ止めてやってください。
ここだけの話、遊の脳内では最初揶矯×瑯の話でした。玖桜はオマケだったという…頑張れヒロイン笑

ゆとりは文才皆無ですので稚拙な文に不快になられる方は全力でこの場から逃げることをオススメします。

未だにキャラの口調が掴みきれてなかったりorz
日記形式ってのが分かり難いんだ←

このページはリンク不可です。
地道に本舗→別館と足を運んで下さい

更新は不定期になります。
文が完成したらこっそりと更新してます。

ではでは少しでも楽しんで頂ければ幸です(´v`*

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー