龍皇女婚譚

空がうっすらと白み始め、朝の早い店や情報などのギルドの人々が動き始める気配がする。
春の空はまだ天高く澄みきり、人々に本日の晴天を告げていた。
璃緒はテラスから身を乗り出し、まだ静かな城門を眺めた。
「お早うございます姫様。今日はお早いんですのね」
まだ寒いですから、と侍女のシラクはローブを差し出した。
「ねぇシラク」
ローブに手を通しながら言う
「犀生皇子とレノ将軍は…噂通りの人かしら」
「噂通り…毒蛇と嘘つき狐ですか?」
くすくすとシラクが笑う。
「ええ。乙女に甘い言葉で楽園から追放される原因を食べさせた蛇と」
「聖女を騙してタナトス[冥府]に導く狐……ですよね」
二人は顔を見合わせ、またくすくすと笑った。
毒蛇と嘘つき狐。璃緒と侍女のシラク、ラティの三人で、周りの噂から考えた犀生皇子とレノ将軍のあだ名である。
「でも、本当に噂通りの方々みたいですよ」
シラクの真面目な声に、璃緒はすっと笑いを引っ込める。
「なぜ?」
私達はシャシャ女中頭と先にこちらに来ていたので、町で少し情報を集めてみたんですけど、と前置きをしシラクは話し始めた。
「流石はラーナですよね。王都の何倍も異邦人がいました。」
「港町だし…。王の側に仕えた可能性もある吟遊詩人も多かったでしょう」
二人は話しながら部屋に戻りテーブルにつく。シラクは紅茶を淹れながら話を続ける。
「まず犀生皇子ですけど、第三皇子でありながら、兵力財力権力、どれもを他の皇子を遥かに上回っています。勝つ為に人を陥れる事など全く気にしない方みたいですよ。ただ、国民には異様に人気があるみたいですけど」
璃緒はいぶかしげに眉をひそめる。
「国民に?煌帝国では武力による圧政が敷かれているのに?」
「ええ…そう、なんですけど。国民に水を惜しまないらしいです」
シラクは不思議そうに答えた。
なるほど、ね。璃緒は出された紅茶をすすりながら納得する。
「シラク、煌帝国の輸出第一位は?」
「え?砂油…ですよね。あれ、ガティアでした?」
「いいえ、砂油であってるわ。ガティアは確かにどの国も欲しがるけれど、数が少ない物だし、あまり売ったら戦争の時に危険でしょう」
砂油とはその名の通り濾砂機を使って砂から取る油である。主に灯用の油として使われ、質は低いが原料の砂は膨大にある為に安く、他国でも需要は高い。機械工業の発達した煌帝国ならではの物だ。
ガティアは金属鉱石。軽く丈夫で鉄や鋼では傷一つ付けられない為、鎧や剣に用いられる。
「じゃあ、輸入第一位は分かって?」
「水です」
シラクは今度ははっきりと答える。
「広大な砂漠が広がる煌帝国に置いて、必要不可欠なものは水ですから」
「そうね、じゃあ砂油工場で汗水垂らして働くのは?」
「平民です。―――あ…!」
「そういう事。働く人が水不足で死んでしまえば、自分達の収入も減る。逆に増えればより多くの砂油が手に入り、結果多くの水を買うことができる。…国民に与えた水の倍は戻ってくるでしょうね。」
「それなら…国民は仕事がよりきつくなっても…兵役がかさんだとしても、水の為なら不平はないはずですよね。人気があるわけですね」
 使われてるのにくいっと紅茶を飲み干す。
「飴と鞭…良い使い方じゃない。でも実際に実行できるなんて…」
シラクは紅茶を注ぎながら質問する。
「やっぱり、難しいんですか?」
「そりゃ、難しいわよ。煌帝国の歴代の将軍達は、命の糧の水を抑える事によって絶対の権力を保っていたんだもの。少し間違えれば反乱が起こって政権を奪われてしまうかもしれないわ」
「凄いですね」
紅茶を掻き混ぜながら璃緒は呟く。
「カリスマ性と判断力、指導力、運、それから――…絶対の軍事力」
 後は実行力。――…実行できる冷酷さ?
まだ見知らぬ皇子が無表情に逃げ惑う人々を切り裂く姿を想像し、思わず縮こまり自らの体を抱き締めた璃緒は側にシラクが居るのを思い出し、すっと背筋を伸ばした。
 見てもいない人に怯えるなんて、駄目。駄目よ璃緒。
 私は龍王の一族。常に気高く…気高くなくちゃ……。
「…軍事力」
「反乱を起こす気が無くなるような、ね。何領か…あ、あっちの単位は村だっけ。」
璃緒は話しながらシラクに紙とペンを取るように頼んだ。
「郷と村です。大きい区画が郷」シラクは答えながら璃緒に紙束と羽ペンを渡す。
「そう、じゃあ反乱を起こした…起こそうとしたでも良いけど、そんな郷を見せしめに叩き潰したんじゃないかしら」
「あ……そういえばそんな噂がありました」
蛇より質が悪いわね、と璃緒は苦笑した。
 蛇って言うより…砂漠にいる獰猛な蠍といったところかしら。
好きじゃないわ…、毒々しいったら。
「レノ将軍は?」
「――…あ、噂ですか?レノ将軍は、表向きは優しく美しい貴公子で慈善事業に手を出したりしてるんですけど、裏では麻薬密売、殺人、内蔵密輸、人身売買斡旋…色々やってますね。まぁ有名な事ですけど」
「ふぅん。まぁ聞いてた通りって感じ?」
 というか慈善事業をやってた方が初耳よ?
 レノ将軍っていったら、鬼畜の代名詞みたいな奴じゃない。
璃緒は頬杖を付いて聞きながら、サラサラとペンを走らせる。
「そうですね。」
シラクは「あ、後」と手を打って話を続ける。
「"ヒンノムの谷"…ってご存知ですか?」
「確かテイルの蔵書の一つに書いてあったわね……。意味は…死体や汚物の焼却場…だったかしら?」
シラクは知らないと思いましたのに。と少し残念そうに口を尖らせ、さすが姫様です。と、にこりと笑った。
「でも私がお話ししているのはレノ将軍の"ヒンノムの谷"です」
「知らないけども」
璃緒は頭を押さえながら言う。
 だって、ものすっごく嫌な予感がするのは私だけではないでしょう?
「レノ将軍の居城…は岩崖に立てられているんですが」
「知ってるわ。あの国は岩崖面を削ったり、隙間を上手く使ったりして崖面を利用した家を立てるのよね。まさに天然の要塞だって、前に揶矯が言ってたわ」
「その城の裏に絶壁の谷があるんです。」
「はぁ」
璃緒は気の乗らない返事を返す。
「そこに将軍が遊んだ少女や少年の屍体が投げ込まれるらしく、その為"ヒンノムの谷"と皆さん呼んでらっしゃるらしいですね」
 ……何でそう、普っ通に報告するのよ。
少年と少女が受けた仕打ちを思い、璃緒は吐き気を覚える。
 苦しかったでしょう。怖かったでしょう…。
心の中で、どうか安らかであれ、と、璃緒は哀れな子供達に十字を切った。
 レノ将軍…会いたくないわぁ。
 犀生皇子とレノ将軍の二人を同時に相手しなきゃなんないなんて…。
璃緒はシラクに気付かれない様に小さくため息を吐いた。
「―――そう」
「はい」
「……シラクって…や、何でもないわ」
シラクはにっこりと満面の笑みで応える。
「割りとグロテスクなものは大丈夫ですね。げてもの料理も好きですし」
 うえ…
「私は好きじゃないな…」
 ……大丈夫か大丈夫じゃないかと言われれば、そりゃ食べるわよ?
 どっかの馬鹿貴族に馬鹿にされた時はムカついて優美に蜘蛛の唐揚げを喰ってやったわよ。
璃緒はじっとお茶菓子を出そうとぱたぱたと走るシラクを見つめる。
璃緒が6歳になった時に、当時10歳のシラクと5歳のラティは璃緒付きの侍女になった。
二人は可愛い。タイプは違うが、いつも一生懸命でくるくる働く様は愛くるしい。
 まぁ、当然かも。侍女を選ぶって聞いた時、深良お兄様とシャシャに「可愛くて有能な子じゃなきゃ嫌」って言ったの私だし。
シラクの青みがかった山鳩色のおさげが目の前を揺れ動くのをぼおっと見つつ、無造作に声をかける。
「シラク」
シラクは振り向き、何でしょう、と上目使いの桔梗色の眼で応え微笑んだ。
 ちくしょう。21のくせに私なんかよりずっと可愛いじゃない。
「シラクって…外見裏切るわよね……」
シラクはふふっと笑う。可愛いなぁもう。
「姫様がそんなことおっしゃるなんて、おかしいですよ」
グラシア一の美人と誉れ高いですのに、と口に手を当てクスクスと笑った。
 そんなこと、ないのに。
璃緒は毛先をいじりながら言う。
「皆お世辞よ。ひねてて悪知恵ばかり働いて口喧嘩が異様に強くてわがままな女の子なんて、全然可愛くないもの」
 まぁ、厄介な人達に好かれても嬉しくないけど。
櫛を取るとシラクは璃緒の後ろに回り、髪の毛をとかし始める。
「あら、可愛いじゃないですか。いつも強がってて時々弱気になっちゃう女の子なんて、男性に人気あるんですよ?」
「弱気になれば、でしょ?」
私が男性の前で泣いたり弱ったりしたこと、ある?と聞くと
「ないですねぇ」
いつも超然としてますものねぇ…、と笑った。
「可愛くないのよ」
 だから、犀生皇子もレノ将軍も私を好きにはならない。
 それでも…
「それでも彼らは私を欲しがるでしょうね。…国の利益の為に」
最後の言葉を吐き捨てると、璃緒は無性におかしくなった。
 そんなこと、生まれた時から決まってるのに、今更。
「姫様…」
 まだ、愛されたいと願ってるなんて。
「二人はどんな人だろうね」
 好きな人と結婚するなんて私には無理なんだから。
「どうせなら骨のある人だと良いわね」
 この17年間そのことを学んできたんだから。
「死ぬまで一緒にいることになるなら戦い甲斐のある方が面白いわ」
 私は王女なんだから。気高くなくちゃ。
「持参金にあたるものも良いものが良いわね。私の物になるならより良いものが欲しいわ」
 強くならなくちゃ。
「姫様…!!」
そう笑うとシラクが耐えきれず後ろから璃緒を抱き締める。
「そんなこと仰らないで下さい…っ」
シラクは璃緒を強く強く抱き締めた。
「姫様は気高くて美しくて可愛いんですっ!だから私達は姫様にお仕えしてるんですっ!大好きだから、今ここにいるんです!だから――…」
シラクはぽそりと小さな声で、しかし力強く言った。
「だから、必ず幸せになれるんです。愛してもらえるんです。」
「シラク…」
 ありがとう。
「お二人も、きっと国の為に悪行してるんです。根は良い人なんですっ」
 もう良いよ。十分だよ。
「だと良いわね。シラクが言うと、本当にそんな気がしてくるわ」
璃緒はクスクスと笑った。
 もう分かってるから。痛い程。
「じゃあ、シラク達には大好きな姫様の為に働いて貰おっかな」
よっと椅子から元気に立ち上がった璃緒は、はい、と手に持った2枚の紙を差し出す。
「何です?これ」
「こっちはバルドスに渡して。もう一つはあなたとラティに。用意して欲しい事とやって欲しい事を全部書いといたから」
さらりと紙に目を通すと、シラクは顔色を変えた。
「これは…っ」
慌ててもう一度目を通す。
「何を…なさるおつもりで?」
呆然と紙を握り締め立ち尽くすシラクを余所に、璃緒はカチャカチャと茶器を片付けながら不敵に笑った。
「カーニバルでも始めようかと」
「こんなのっ危険過ぎます……っ」
「私、運は良いのよ?それに、最初に縁談の話を聞いた時から考えていたの」
 どうせなら、楽しまなくちゃ…ってね。
「ホストは私よ。パーティーを面白くする為に多少の苦労は当然よ」
「でも…っ」
「シラク」
なおも反対しようとするシラクに璃緒は重々しい声を向ける。
「いつから、侍女が姫と同等な発言を許されるようになったの?」
「―――――――!!」
その言葉に、シラクは即座にその場に跪まづき頭を垂れ平伏した。
「申し訳ございません――っ!!」
「良いのよ、気にしないで?」
璃緒はシラクを立たせると、さぁさぁと背中を押して廊下へ。
「じゃあ時間が無いから急いで取り掛かって頂戴」
「かしこまりました」
一礼して出ていこうとするシラクは、扉を閉めながら口を開いた。「姫様」
「ん?」
「姫様を愛してくれる人がたくさんいること、忘れないで下さい」そう言って閉じられた扉に体を預け、璃緒は長いため息を漏らす。
「愛されてること、ちゃんと分かってるよ。…でも…」
 わがままでごめんね。でも必要な事なの。
 瑯を取り戻す為なら、自分の幸せだって投げ売るわ。
 私は王女。愛した人と結婚なんて、出来るわけない。
by 遊 水羽  at 17:57 |  GuildWorld -龍皇女婚譚- |  comment (0)  |   |  page top ↑

繁草月27日目

ベットに横になりぼんやりと天井を眺めていた。
今日は一度も部屋を出ていない。
「なんで…こんなに無気力。」
夏の暑さの性ではないのは分かっていた。しかし頭の中で答えに行き着くのも嫌なので急いで思考を止める。
その時ノックをし人払いする深良お兄様の声が聞こえたので、私はもぞもぞと布団の中に潜る。
「こ〜ら璃緒。隠れるんじゃない」
「うるさい、出ていきなさい変態。勝手に入ってくるなんてプライバシーの侵害よ。セクハラだわセクハラ」
「セ…!……ほぉ…まぁ良いさ。出てこないなら皆にお前の秘密でも言いふらすとするか」
ベッドに腰掛ける気配がし、私は布団を剥ぎ取られないようにしっかりと押さえた。
 何を。
私は耳をじっと澄ませる。
「例えば璃緒の初恋は4歳の時庭師のバルジャ当時54歳。初告白は5歳近衛隊隊長の雪当時24歳。そして初キスは7歳相手は当時12歳の…この僕だ!!」
「あれはお父様が考案した罰ゲームでしょう!!」
飛び起き反論すると、肩をがしっと掴まれ逃げられなくなる。
 く…しくった!!
手を払い除けたい気持ちを押さえ、にこやかに笑いかける。
「手、離して頂けます?」
「声が笑ってないぞ…しかし何だ元気じゃないか。"体調が悪くて寝込んでいる"とラティは言っていたんだが…」
「それは……」
 私が嘘を吐かせたんだけど。
言葉に詰まり横を向こうとするが、肩を押さえられているので動けない。
「玖桜嬢との約束を断ったと聞いた。」
お兄様言葉を選ぶように慎重に言う。
「……何があった?」
「いいえ、…何も」
私はうつ向いたまま答えた。
 何もなかった。うん、嘘じゃない。
 あったというならそれはずっと前。生まれた時から始まってたわ。
「璃緒…」
 ダメだな。最近笑顔が上手く出来ない。
お兄様は肩から手を外し私の頬を挟むようにして上を向かせた。
私は感情を読まれないように表情を消す。
「手、離して」
「璃緒…何があった」
「何もなかったわ」
しばらく睨むように見つめあっていたが、私がそれ以上何も言う気がないのが分かるとお兄様は諦めて大きくため息を付いて手を離した。
「分かった。何もないなら早く起きて着替えて公務に参加しなさい。僕らは"国民に汗水たらさせて生きている"んだ…分かるだろ」
「……分かったわ、私の持論だものね…」
 あぁそうだった。私は王族だったんじゃない。
 私は――…私………
ぽんぽんと柔らかく頭を叩かれ私は顔を上げる。
「エリー…言いたくないなら良いんだ。でも辛い時は辛いって家族にくらい良いなさい。誰も無理してまで気を張れなんて言わないから…」
そう言いながら深良お兄様は頭を優しく撫で続ける。
 いつも意地悪したり厳しくあたるクセに。
「ずるいなぁディーは」
 こういう時だけ優しいんだ。
「じゃあ、甘えて良い……?」
深良お兄様はぱっと顔を綻ばせ、
「もちろんだともっさぁ悩みなら……ぐふっ」
私の拳を鳩尾にくらいお腹を押さえうずくまった。
私はさっさとベッドから降りて扉へ向かう。
「あ、璃緒……?」
「甘いわねお兄様。悩みを打ち明けるとでも?この…私が?」
「か、かっわいくないなお前は……」
いまさら分かりましたの?とにまりと笑い部屋を後にする。
チラリと見えたお兄様の顔が笑っていたのは気のせいだと思いたい。
部屋を出ると弾け飛ぶ様にシラクとラティが駆け寄ってきた。
 あ〜あ。まさか深良お兄様に借りを作るなんて。
 …でも、無理矢理でも私を取り戻させてくれたこと、感謝するわ。
by 遊 水羽  at 23:03 |  璃緒の日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

盗賊と龍

警備の近衛兵士達が鳴らす鋲を打った鉄靴の高い音。兵士達の怒号、喧騒。全てが俺を追い詰める。
長い廊下を走っていると、向こうで蝋燭の光が揺らぐのが見えた。
 やべ…っ向こうにも居る!?
咄嗟に俺は三階のバルコニーから飛び降りると、真下に控えていた兵士に掌底を喰らわせ混倒させる。兵士は眠っていたかのように呆気なく倒れた。
急いで叢に隠れ息を潜めていると、やがて響いていた兵士の声が遠ざかり、人の気配も薄れたので、静かに叢から抜け出す。
足下に横たわる兵士を木の根元に寝かせていると、ふと疑問が浮かぶ。
 あれ、警備図にこんな所に兵士…配置してたっけ。
俺はふと不思議に思って辺りを見回す。
ここは第二区域。シトナコーダ大神殿内部。神殿内の聖堂、寝所、修練場を抜けた更に奥、ミーミルの泉へ至る戒門――つまり関係者以外立ち入り禁止ってことだけど――を越えた所。地図上では、神祭用の白花の花畑。
 確かに辺り一面花畑……。だけど。
真白の花の群れの中に、更に真白の扉が立っていた。通常なら異質なそれも、この大神殿の中では奇妙な神聖さを纏い存在していた。
「地下道…かな。こんなとこに…?」
地下倉庫や抜け道ならば、こんな所には作らないだろう。機能面を考えたら、こんな花畑に入口を作るなんて利便性が悪すぎた。
近づいて見ると、確かに扉の向こうは地下に繋がっているようである。
 見たことない鍵だ…。なんだろう。いつも見る錠前とも違うし…。凄え細工が細かい。……俺じゃ開けられないなぁ。
俺は扉は諦め横に回る。土壁の厚さを触って確認するが、ひんやりと冷たい感じから、厚さもかなりのものだと推測する。
「やっぱ入れない…か。地図にない扉なんて絶対なんかありそうなのに――…うぉっ!!」
諦めて素直に帰ろうと振り向き一歩踏み出したその時。
一瞬の浮遊感。
俺の足を支えるはずの大地がへこみ、抜け落ちた。
 落とし穴……!?
咄嗟の事に反応出来ず、俺は真っ逆さまに落ちるしかなかった。

「いって……」
何とか受け身を取ったものの、腰を強打したようだ。やはり痛いものは痛い。
 見上げた感じ…五メートルくらいか?
痛む腰を擦りながら俺は周りを見渡す。
大理石の床(痛い訳だ)、細かい模様が彫られた煉瓦の壁、円形に囲われた空間が天窓も無いのにぼんやりと明るいのは壁が輝いているからで、壁全体がうっすらと光っているのはどういう仕組みなんだろうかと眺めながらぼんやりと考える。
壁の縁には水路が設けられ、澄んだ水がサラサラと音を立てて流れている。
壁の上の方に太陽神の像が掛けられているのが見える。
ここは神殿地下だし、礼拝堂か何かだろうか。
天井を見上げると古代文字と思われる文字がぐるりと一周していて、その中に大きな龍神の壁画が書かれていた。
俺は壁画の龍の首の辺りに見事に穴が空いているのに気付いたが、ツッコミを入れる奴もいないのでとりあえず無視を決め込む。
 …貴重な文化財だよなぁ絶対。
「穴、開いちゃいましたね」
「うわっ」
 何で気付かなかったんだ……!?
驚いて振り向くと一人の少女が立って上を見ていた。
白い。それが第一印象。
ほんのりと赤みがさした白い肌に、薄く水色のラインが入った袖の広く広がった真っ白なワンピース。腰下まで伸びた波打つ灰桃色の髪を隠す様に白いサテンの布を頭から被っている。
 ……あれ?なんだろう。この違和感。
ことん、と胸に異物が落ちる感覚。
 別に…変な行動はなかったよな………?
少女は上を見たまま口を開く。
「怪我…はしてないですか?」
「…え。あ、うん。…君は…ここに居る…の?」
 住んでるって表現が正しいのか?そもそもここは何なんだ?
この空間の雰囲気か少女か、何が原因かは分からないが、奇妙な違和感に捕らわれ上手く頭が回らなかった。
言葉は喉まで出かかっているのに脳が言語として認識してない、そんな感じだろうか。
「ええ。私の部屋でした」
そう言って首を巡らす少女につられて俺も首を回す。
「…………。じゃあ、屋根が壊れたら…大変?」
 何を馬鹿な質問してんだ俺は。
普通なら、屋根が壊れたら大変に決まってる。多分弁償しなくちゃいけないだろう。家だって教会だって。
 でも…。
でもここは普通じゃない。
そう心が告げた。
 ここは、どこだ?
思考は定まらない。理屈ではない。ただ分かる。
 ここに、この空間に長く居ちゃ駄目だ。
「ううん。もう、必要ないですから」
そう言って少女は初めて俺を見た。
褐色の大きな目がやっと俺を映す。
途端、さっきまで俺に纏わりついていた異様な空気が消えた気がした。
「貴方、誰?」
急に頭が回りだす。
 そうだよ。初めて会ったのに、何で今まで自己紹介してないんだ?
俺は胸を張って応える。
「俺は瑯っ盗賊団棟梁ダンテ=ドルトムハントの子っ緋鷹の正当後継者だっ」
「盗賊…そう。盗賊…。ねぇ、長い紐か何か持ってませんか?」
 おい。人の決め台詞に少しは反応しろよ。
 どうも話のテンポが狂う奴だ。
「あるよ。一応道具はいつも持ち歩いてるし。」
俺はごそごそとジャケットの下を探る。
「それで、上へ逃げられますか……?」
 どこにしまったかな。
「そりゃ、それくらいは…。……え?」
 逃げる?
俺は探る手を止め、まじまじと少女の顔を見つめる。
 冗談を言ってるって顔…じゃないな。
そういえばさっきから"自分の部屋"なのに、過去形で答えてた事を思い出す。
「何で……?」
少女は無表情に答える。
「自由になりたいんです…。例え一瞬だとしても、自分だけで羽ばたいてみたいんです」
 自由に……?
 自由に生きられないなんて…どんな奴だ?
「君は――…誰?」
今日の俺は本当にどうかしてる。こんなコミュニケーションの初歩でさえしてないなんて、と心の中で自分にツッコミを入れる。
そう言うと何故か少女が少し驚いたように見えた。
 なんだろう。また違和感。さっきの異様な空気とは違う。最初に感じた心の中で何かが符合しない感覚。
「玖桜です。玖桜=フィナレイス」
少女は淡々と自分の名を告げた。
「そっか、玖桜…で良いよな。」そこまで言って、ふと気付く。
「………あれ?君…あったことないっけ…?」
 いや、確実に初対面だと思う。こんな可愛い子を一度見て忘れるとは思えないし。
 ……でも。
「あったことはないです。でも見たことはあるかも…」
どういう意味だ?、俺がそう訪ねようとすると、玖桜は被っていた白い布をとりショールのように肩に掛け、息を整え…
"ふわり"
その擬音が一番正しいだろう。
玖桜は何の予備動作もなく、音もなく柔らかく高く遠くそして美しく飛翔し、また音もなく地に降り立った。
跳んだのだろう。しかし飛んだのだ。少なくとも俺には飛んだ様にしか見えなかった。
 すげ……っ
そのまま玖桜はくるくると舞い始める。
くっと足を高く掲げ、体を鞭の様にしならせ大きく舞う。
指先一本で立ったまま優雅に踊るには相応の筋力も必要だろう。
しかしそれさえも感じさせない、無重力の中の様なひたすらに優雅な舞。無音の世界が広がる。
玖桜の踊りに呼応するかのように、壁の輝きが増す。
 見た事…ある!!

あれは四年前のヤ・ディル・カシュム[神の婚礼]最終日。
毎年この日はシトナコーダ大神殿で、太陽神と月光神の神楽舞と呼ばれる巫女達が、去り行く年に感謝と来る年に祈りを込めて舞を踊る。
その当時、十一歳だった俺は、まだ一度もその舞を見たことがなかった。
…まぁその日は大神殿の周辺を近衛兵や騎士達がうろうろしてるから、盗賊の俺達はあんまり近寄んないんだけどさ。
その日も俺は、盗賊長屋で皆と毎年恒例の博打大会をやるはずだった。
しかし、ダンテお頭が「人生一度は見なくちゃ死にきれねえぜ」と珍しく強く俺を誘うから、二人で大神殿に忍び込んだのだ。
ああいう所には往々にして隠し部屋みたいなもんがあるもんだ。俺達はそこに滑り込み、隙間から舞台中央を眺めた。
舞台上には二人の少女。
一人は流れるような肩まで伸びた黒髪、額には紫水晶がついた銀のティアラ、その水晶より澄みきった紫の瞳。銀の鈴を腕や脚や見に纏った黒の薄いドレスにたくさん付けて跪いている。
あれが月光神の巫女だとお頭は告げた。
じゃああれは?と俺はもう一人を指差した。
ふわふわと柔らかく腰まで伸びた桜色の髪、額には少女の褐色の瞳によく映える、橄欖石の付いた金のティアラ。金の鈴を同じ様に体や白い薄いドレスに付け、祈る姿勢で跪いている。
「ありゃ、太陽神の巫女だな」
今年の太陽神の巫女は、凄えって噂だぜ、と付け足す。
ふぅん、と呟き眺めていると、やがて謳が始まった。
巫女達は小さな声で囁き続け、異なる詩を紡ぐ。やがて異なる詩は合わさり、巫女の小さな体から湧き出でるように謳が響き渡る。
約一万人は入る大聖堂の隅々まで染み渡るように謳は流れ、人々はもちろん近衛兵達もうっとりと聞き惚れていた。
巫女達は謳を歌いながら、緩やかに体を動かし音も無く舞い始める。それに併せ鈴がしゃらしゃらと鳴る。
俺は、ただ、見つめた。
巫女達は疲れを知らないように、くるくると舞い続け歌い続けた。
やがて静かに謳は終わり、巫女達はふわりと一礼し、しゃらしゃらと鈴の音を残して去っていった。
取り残された人々は魂を吸われたかのように舞台に巫女達の虚影を見ていたが、国王と王子、王女が(王冠を被っていたから多分そう。俺はこの時初めて自分の国の統治者を見た。)静寂を切り裂いて拍手をし始めると、我を取り戻し割れんばかりの拍手を贈った。
皆、興奮して熱に浮かされたように叫び続け、感激に打ち震え涙を流していた。
「天上の美」
「あぁ?」
「ランク特Aの仕事で盗まれるもんってさ、俺達は"天上の美"って言うじゃん?」
「…言うなぁ……」
「でも俺は天国なんて見たことねぇし天国が美しいなんて分かんねぇだろ?だから特Aの仕事とか全然興味なかったんだ」
 盗賊の仕事は好きだ。上を目指してみたいとも思う。けどA級の仕事で十分スリルは味わえる。
 俺はわざわざ終身刑を受けるリスクの高い仕事をしたいとは思わない。
 俺は命の方が大事だと思う。…いや、思ってた。
ジッポで葉煙草に火を付けながらお頭は黙って俺の呟きに耳を傾ける。
「天国ってあったんだ…」
目を瞑ると巫女達の…特に素晴らしいと聞いていた太陽神の巫女の舞が鮮やかに蘇る。
「お頭……特Aの仕事…やって良いか?」
 分かった。皆が盗賊業に命を懸ける理由。
お頭は葉煙草を口に加え左手で懐をゴソゴソと漁ると、一枚の紙を取り出す。
「これ……」
「お前がそう言うんじゃねえかと思ってな、持ってきてたんだよ」
俺は依頼書を見つめ、きゅっと抱き締めた。
「お頭…出来たよ。盗賊になる決意」
「そうか!」
お頭はくしゃくしゃと俺の頭を掻き回す。
「それでこそ俺の息子だっ!」
そう言ってにかっと笑った。

「そっか…君が太陽神の巫女」
「やっぱり見たことあった…でしょう」
そう言いながら玖桜はまた布で頭を覆う。
「じゃあ――――――…あ!!」
突然の大声に玖桜はびくっと身を固くする。
 そうだよ。うんっそうしよう!!
「玖桜はここから逃げ出したいんだよな!?」
「え?は…はい」
「出てからどうするとか決まってんの?」
「…いいえ」
「じゃあ簡単だよっ」
「?」
俺は玖桜の肩に手を置き興奮して捲し立てる。
「俺が君を盗めば良いんだ!!」
by 遊 水羽  at 22:45 |  GuildWorld -盗賊と龍- |  comment (0)  |   |  page top ↑

繁草月7日目

今日は七夕祭。大通りはたくさんの屋台が並び活気づいている。
夜には泉のあるラマ大広場で踊りを織姫に扮した娘の何人かが(どうして織姫が何人もいるのか、というツッコミはあったが、娘達の激しい非難にあい口をつぐんだ)踊ったり、花火が打ち上げられたりするらしい。
玖桜も織姫に選ばれた(玖桜のいつも踊っているのとは違ってウィスカ曰く"汚い踊り"らしいので玖桜は相当練習していた)のだが、それまでは璃緒とお祭りを回るらしい。
俺はしょうがないので揶矯と射的ゲームに興じている。
「何が楽しくて男二人でお祭り…」
パンッ
「うるさい。俺だって同じだ。せっかくの休暇なのに」
パンッ
「いっそ女装でもしてこいよ、女顔」
パンッ
「止めろ瑯。本気で冗談にならない」
パンッ
「何で?面白そうじゃんか」
パンッ
「……………」
「何だよ早く射てよ。俺の勝ちで良いのか?」
揶矯は銃を下げ、真剣な面持ちで足元を見つめている。
「…一昨年の七夕祭を覚えてるか?」
「一昨年っつ―と…俺が13でお前が15か?」
「あの時ミス織姫を決めただろう」
「あ〜。興味ねぇから見なかったけど…」
 錬がすっげー美人だった!って騒いでて、お頭とペドが腹が捩切れるって言いながら大笑いしてた年だ。
「俺だ」
 …………………。
「……え〜…と?」
「だから、あれは俺だったんだ」
「そっかぁ…知らなかったぜ」
「ちょ、待て逃げるな瑯っ」
「うるさいっそんな趣味を持つ奴を友人に持つ気はねぇっ」
「違う!あれは璃緒様とバルドスに無理矢理っ」
「瑯、揶矯さん。周りの人が怯えてる」
「うわっ玖桜!いつから」
大量の綿飴に顔を半分隠されながら呆れ顔の玖桜が立っていた。
その後ろにはナツメが。よッスと挨拶するので俺も返す。
「あれ…璃緒は一緒じゃねぇのか?」
玖桜は少し困った顔でナツメを見上げる。
「何か体調を崩されたらしい」
 璃緒が!?
「玖桜と約束してる日に?ありえねぇだろ」
玖桜はやっぱり?と更に困った顔になり、ナツメは気にせず射的をし始め、揶矯は後ろで違うんだ!と喚き続け、射的屋のオヤジは利益が〜っと悲鳴を上げ、周りはやっぱり活気付いている中で、俺はどうすれば良いのか咄嗟の判断に困っていた。
by 遊 水羽  at 10:16 |  瑯の日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑

繁草月4日目

今日は久しぶりに王宮にお邪魔して、璃緒ちゃんに浴衣の着付けをしています。
「璃緒ちゃん苦しくない?」
「苦しくないけど、暑いわ…」
と、手でぱたぱたと顔を扇ぎながら言う。
 少しお疲れ気味…かな。
「璃緒ちゃんは腰が細いから…タオル入れないとカッコ悪いんだけど……」
タオル抜く?と聞く私に、璃緒ちゃんは「かっこ悪いのは嫌」と言って扇ぐのを止めた。
 璃緒ちゃんらしいなぁ
ふふっと笑うと、璃緒ちゃんが、可愛いっと抱きついてくるので私は思わず赤くなってしまう。
「もうもうっほら、ちゃんと立ってて下さいっ」
「はいはい」
 あーあ。せっかく途中まで結んだ帯がぐしゃぐしゃ。
私はため息を吐いて、もう一度結び直し始める。
璃緒ちゃんは、しばらく静かにされるがままになっていたけど、少しして口を開いた。
「ねぇ、玖桜」
「はい?」
「――本当は、何をしに来たの?」
その問いに、私の手がぴたりと止まる。
「…わかります?」
「そりゃ、玖桜の事だもの」
そう言って、璃緒ちゃんは私の手を取った。
結びかけの帯が、またハラリと落ちる。
「何か悩みがあって?」
璃緒ちゃんの翡翠の瞳が、真摯な光に染まる。
 こういうとこ、瑯と一緒なんですよね。
「聞きたい事があるんだけど、良い?」
璃緒ちゃんは黙ってうなずく。
「……璃緒ちゃんは、揶矯さんが好きなの?」
「そうよ?知らなかった?」
一拍置いて、なんだそんな事、と璃緒ちゃんは笑い始めた。
 あぁ…分かってしまった。
私も笑おうと口の端を上げる。
 恋をしてない。
 やっぱり璃緒ちゃんは、揶矯さんに恋をしてない。
 いつもの明るく強い璃緒ちゃんだから、私が気付かないとでも思いました?
 私も、璃緒ちゃんのことなら分かるんですよ?
 なんで?
 言ってくれれば良いのに…。
 私だって力にならなくても、力になりたいんですよ。
私は、うまく笑えなかった。
by 遊 水羽  at 00:31 |  玖桜の日記 |  comment (0)  |   |  page top ↑
プロフィール

Author:遊 水羽
+ゆとりのオリジナルキャラクター
瑯row 玖桜cou 揶矯yata 璃緒akio
の日記形式で展開します。
空飴風味本舗で描く本編とはまた違った瑯達の世界をお楽しみ下さいv
※キャラクター基本設定に変更はありません。
設定は国などをまとめ次第、空飴風味本舗にてUPさせて頂きます。


=言いたいことをぽつぽつと。=

いらした方はぜひ足跡残して下さいなv
コメント大歓迎です!どうぞゆとりに知恵を…!!

また字間違い等ありましたらご連絡下さいっ
ついでに遊がBLに走りそうだったらどうぞ止めてやってください。
ここだけの話、遊の脳内では最初揶矯×瑯の話でした。玖桜はオマケだったという…頑張れヒロイン笑

ゆとりは文才皆無ですので稚拙な文に不快になられる方は全力でこの場から逃げることをオススメします。

未だにキャラの口調が掴みきれてなかったりorz
日記形式ってのが分かり難いんだ←

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地道に本舗→別館と足を運んで下さい

更新は不定期になります。
文が完成したらこっそりと更新してます。

ではでは少しでも楽しんで頂ければ幸です(´v`*

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