2008/02/15
今日も玄関の石段に座って朝霧の向こうを見る。
冷たい空気が身を引き締める感覚は、いつだって寒いし痛いけれど、頭がすっきりして気持ちが良い。
「お頭さん!おはようございます」
「おう、今日も早えな」
お頭さんはそう言って、くしゃくしゃと大きな手で私の頭をかき回した。
「まだ戻って来ねえな」
朝霧の向こうを見つめてぼそりと呟いた。
もう二週、私とお頭さんはずっとこうしている。
瑯が鉱山の仕事に出て、もうすぐ一ヶ月になる。
「難しい…仕事なんですか?」
「A級犯罪だからなぁ……。そりゃ失敗する可能性も高えさ。でもなぁ、瑯の実力ならちゃんと下調べと準備さえ怠らんきゃ、十分成功できる仕事だな」
準備に手間取っているのかしら…
そうなら良いのですが…。怪我とかを負ってなければ良いのですが。悪い事ばかり考えてばかり。もっと力がコントロール出来れば、もっと正確に細かく瑯の状況が分かるのに…。
今日帰ってくるだろうと分かっているけどやっぱり待つのは…。怖い。怖いです。
「男にはな、やらなきゃいけねぇ事があんだよ。」
「……なんの話ですか?それ」
「大抵がよ、その夢が女とかを犠牲にすんだよ。でも、諦め切れねぇんだよな。」
「簡単に諦められるなら…それは夢じゃなかったのではないですか…?男性に限った事ではありませんよ」
女性は…愛に生きる事が多いけれど。恐らく愛し合う事が夢なのでしょう。きっと出逢うより、生まれるより前、フィーネとグリーグが天上で出逢った時からそうなのでしょう。
「そういうこったな。でもよ、夢を追いかけてっからって、愛してねぇ訳じゃねぇんだ。」
「……はい。分かります。」
分かってます。瑯が私や揶矯さんや皆の事、いつも考えてること。大切にしていること。
「だからよ、もう少し我慢して…笑っててくれねぇかな」
お頭さんは、瑯にあんたが笑ってられるよう任されてんだよなぁ、とがははと笑う。
私、ずっとつまらなそうな顔をしていたのでしょうね。ペドさんとか…凄く気にしてましたもんね。
……でも。
「それは無理です」
「…無理か?」
お頭さんは少し意外そうな表情をして、笑うのを止める。
「はい。無理です。瑯が居ないのに、笑って暮らすなんてできません。」
「皆が泣いて懇願してもか」
「はいっ待つならいくらでも我慢します。でも待つ間くらい、私は私の勝手にします!」
「どうしてもか」
「はいっ譲りません!私、結構頑固なんですよ?」
「良―い返事だ。それよ、あそこのヤツに言ってやってくんねぇか」
くっくっと肩を震わせて笑いながら、太い腕が霧の向こうを示す。
つられて私も視線を上げ、目を凝らす。じっと見ていると靄が揺らぎ始め、霞の中に小柄な人影が見えてきた。
――――瑯だ…!!
「瑯っおかえりなさいっ」
by 遊 水羽 at 17:48 |
玖桜の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑
2008/02/14
「やったく―んっはいっバレンタインのガトーショコラだよ―っ」
「え、あぁ。ウィスカか。悪いな、いらない。」
寮の部屋でくつろいで…もとい避難していたら、窓の外で揺れる金髪。
瑯のお頭の懸想人キルエの娘、ウィスカだ。
今日はバレンタイン。大切な人にチョコや花を渡す日。俺なんかの為にきっと一生懸命作ってくれたんだろう。そんな女の子達から逃げ回るのは、確かに悪い気はするし、礼儀としても受け取るべきなんだろうが…。
まさか自室までは来ないだろうと思って、押し寄せる女子の猛攻から避難していたが、甘かった。
バルドスの言う通り、女性の執念を振り切るのは、大佐から一本取るより難しい。
「え――っ何でっ」
「悪いが、甘いものは苦手なんだ。」
「うそだぁ、この間、瑯と一緒に三段アイス食べてたの知ってるもん」
くっ手強い…っ
確かに俺は甘いものは好きだ。この間のアイスだって、瑯はミント一段、俺はキャラメルナッツチョコレートとベリーベリーベリーの二段だった。
そんなだから、この女顔も影響して、酔っ払ったバルドス(バルドスは酒豪で滅多に酔わないが、流石に樽五本は飲みすぎだった)にはいつも服を脱がされるし、団員達には姫と崇められる。出会いが少ない職業だから、気持ちは分かるが、風呂場で俺を見た瞬間に、顔を赤くして叫びながら走り去っていくのは止めて欲しい。流石に俺も虚しい。
しかしだ。たとえ甘党だろうと、礼儀だろうと、貰う訳にはいかないんだ。
「まぁ……確かにっ俺は甘いものは好きだが…っすまないが…好きな人がいる。だから、その人以外からのチョコを受け取るつもりはないんだ。」
「…バレンタインのチョコは大切な人にあげるものだもん。他の人から貰ったって…その人を愛してない訳にはならないよ?」
「…うん。でも、ウィスカのは…ウィスカにとって特別なものだろ?一生受け入れるつもりのない気持ちを、受け取る訳にはいかない。」
そう言うと、ウィスカは黙って下を向いた。微かに肩が震えている。
…泣いて…いるのだろうか。
泣いて欲しくないから、直接会いたくなかったのに。直接言えば、女の子はきっと傷つくから、受け取らない事で諦めて欲しかったんだ。
「あーあっもぉ、しょうがないなぁー。うん。そっか…そっかぁ。」
パッと顔を上げたウィスカは晴れ晴れとした表情でため息をつき、ん―っと伸びた。
「どうしても、ダメなの?」
「あぁ。」
今、受け取れば、女の子はきっと喜ぶだろう。夢を見せてあげる事はいくらでも出来る。
でも、ここで俺が逃げれば、いつかより深く傷付ける。それに、俺に構う事で、将来の相手を見つけられなくなる…見つけるのが遅くなる可能性がある。
そんな事に俺は責任が持てない。だから今、ハッキリさせなきゃいけないと思う。
そして受け取らない理由がもう一つ。
璃緒様は王女だという事実。
俺は農民の子、彼女は王の…それも正妃の娘。それは乗り越えられない厚く巨大な身分の壁。
俺は璃緒様からチョコを貰えないし、もし戴けても受け取れない。
受け取れば、俺は姫君の婚約者候補筆頭になるだろう。そんなこと、貴族も…王ですら、許しはしないだろう。
だから他の女性から受け取らない事で、俺は璃緒様への愛を貫きたい。
「揶矯君の好きな人って…あの時々、瑯やくーちゃんに会いにくる、黒髪の綺麗な子?」
更に鋭い…っ
「それは…」
ウィスカの紅い瞳が俺を見つめる。
「その…」
見つめる。
「いや…」
穴が空くほど見つめる。
「つまり…」
全てを見透かすかの様に凝視し続ける。
「あ―っ分かった!そうだよ、その人だよっ」
「やぁっぱり。あんな綺麗な子じゃ、勝目無いなぁ―もぉ」
「…言うなよ?言うなよ!?特に瑯とか玖桜様とかお頭さんとか瑯とかキルエさんとかペドとか瑯とかバルドスとか…」
「ウィスカは言わないし―すでに瑯が三回も出てきてるんだけどぉ…」
「アイツに知られたら、一生そのネタで脅されるだろ…っ」
「あははっ分かったぁ―。瑯は特に気を付けるわよ。…あの女の子。結構身分が高い子だよね?」
「…気付いてたのか」
俺は窓枠に寄り掛かり、深いため息きをつく。窓枠に肘をつき、上目使いで見上げながら、ウィスカは得意そうな笑みを浮かべる。
「まぁね―。明らかに平民の子じゃないしぃ、そこいらの小貴族の娘より洗練された足運びだしぃ、何より特有の人を寄せ付けないオーラがあるもん。それにかの有名な"白牙"を連れて回っているのよぉ?それはかなりの御身分じゃなきゃねぇ…そう例えば……王女様…みたいな?」
…こいつ。
「…ウィスカ。」
ウィスカは悪戯を見つかった子供のようにペロリと舌を出し、少し気まずそうに笑った。
「あははっ揶矯君、怖い顔しないの―。気付いたのは本当よ?多分、有力貴族の娘とかなんだろうなって私でも分かっちゃった。流石にお姫様だとは思わなかったケドぉ」
「……テイル…か」
「そぉいうこと。気になっちゃったから、聞いてみたの。流石は猫族の情報屋よねぇ。」
気付く奴は気付くか。貴族の娘だろうくらいには思われていると思っていたが、姫だと気付く奴もいるのか。
「揶矯君。護りたいんだったら、しっかりね。少しの油断だって、姫様の命に関わるのよ?」
そう言うとウィスカはクルリと後ろを向き、手を大きく振りながら去っていった。
「あぁ。」
分かっているさ。
あの方は大切なものの為に、自らを傷つける事をいとわない。自分を傷つける事で心を痛める人がいると分かっていても…心を痛ませたくないと思っているくせに、それでもそれが一番最良かつ早く済むと考える。
だから、少しでもあの無鉄砲な姫君が笑えるよう、傷が少なく済むよう、俺が彼女の歩む茨道の棘を抜いてあげたい。
例え、報われない想いだとしても。
by 遊 水羽 at 23:58 |
揶矯の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑
2008/02/14
「くぅちゃんくぅちゃんっほらぁしゃきしゃき動くの―っ」
「え?あ、ごめんなさいっ」
私は慌ててチョコレートとミルクバターが入ったボールを抱え直し、ヘラでうねうねと混ぜ始めた。
今日はパン屋のキルエおばさんの娘さんのウィスカちゃんとバレンタインのガトーショコラ作りです。
ウィスカちゃんはパンギルドで生まれて、小さい頃からパン屋を手伝ってきたからお菓子やパンを作る事が凄く上手なんです。
「ん――…。ぼうっとしちゃうのはダメダメだけど―、くぅちゃんって器用ね―っメレンゲも潰さず混ぜてるし」
初めての子にしては上出来なのよ―っと言いながら、ウィスカちゃんはオーブンを温めにかかる。
「でも―本当に焼かなくて良いの―?」
オーブンの火を調整しながら聞いてきた。
「うん。瑯には出来立て食べて欲しいですし。私は生地まで作らして貰えれば嬉しいです」
「まぁ確かにガトーショコラは焼きたてが美味しいけどぉ…いつ帰ってくるかも分からないんでしょう?生地作っちゃって良いの―?」あまり日持ちはしないわよ―?と言いながらめまぐるしく動くウィスカのふわふわの金髪がくるくるとなびく。
「大丈夫ですよ。明後日の朝には帰りますから」
「え?手紙でも来たの?」
「ん…まぁそんなところです」
夢で見たと言ったら、変な子になってしまいますからね。
予知夢は私の太陽神の巫女としての能力の一つだが、私にはまだまだ使いこなせない。
もしかしたら、ただ願望が夢とななって現れたのかもしれないですし…。
「そういえば、ウィスカちゃんは誰にあげるの?」
そう質問すると、ウィスカちゃんの赤い眼に輝きが入る。
「もちろん揶矯君よ―っグラシア一の美男子だもん。女の子の憧れよぉ。瑯が揶矯君と仲良くなかったら、私も渡せなかったわ―っ」
ママが盗賊のお頭さんと仲良くて良かったぁ―とふふふと笑う。
揶矯さん…。璃緒ちゃんは材料を買うか迷ってたけど、結局どうするのでしょうか。
璃緒ちゃんは大変だけれど、幸せになると良いなぁ。
そうだ、璃緒ちゃんにもチョコを渡しましょう。少しでも喜んでくれれば良い。
by 遊 水羽 at 23:43 |
玖桜の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑
2008/02/14
今日はバレンタインなのに…
「何で今日に限って大事なレセプションやら夜会が入るのよ―っ」
「だからと言って、私に八つ当たりするなっほら拾いなさいっ」
深良お兄様はこめかみに手を当てつつ、散乱した紙を拾おうと立ち上がった。
拾いながら私をじっと見てくるので、私も諦めて衝動で撒き散らした資料をしぶしぶ拾い始める。
せっかく内緒でチョコを作って、揶矯を驚かせようと思ってましたのに。
やっぱりマッカート料理長の言うことなんか聞かずに昨日作れば良かった。
そりゃ、確かに出来立ての方が美味しいのは分かるわよ。
でも渡せなかったら意味がないじゃない。
「これで良かったんじゃないか?」
「…それは…お兄様の言うことも分かりますが…っ」
深良お兄様はいつも言うわ。身分をわきまえろ、と。
私は妹姫。私が誰と結婚するかで、グラシア王国の将来は大きく変わる。
私は近郊国の王子やグラシアの有力貴族と政略結婚することになるのだろうと思う。
揶矯はグラシア王国騎士団騎士長だとしても、元を辿れば農民の子。
国民の人気がいくらあってもそれは変わらない。
「貴族が許さなければ、国内で戦争が起きるかもしれないね」
私の思考を読んだのか、深良お兄様は言った。
「政略結婚も王族として国民へ果たすべき義務の一つだろうね」
やっぱり…そうなのかしら。
しかし何かしら、今朝からずっと胸に落ちる違和感。
「――…あ」
そうだ、料理長。
大事な夜会があるって事は、王城の料理を全て担当する料理長には前もって連絡がいってるはず。
だってそうじゃなくちゃ食材の調達にどうしたって不具合が出ちゃう。
考えればお張り子達だってそうだわ…。
その皆が当日の今日まで何も言わないなんて…明らかにおかしいわ。
言わないようにしていた――…されていた?
誰に…ううん。王城の召し使や料理長達全員に、そんな厳命出来る人なんて限られてます。
その中で、こんな真似する理由があるのは…
「深良お兄様!!貴方の謀ですわねっ」
しくじりましたっ考えている間にいつの間にか姿を眩ましているなんて…!!
この恨み、晴らさでおくべきかっ
by 遊 水羽 at 00:04 |
璃緒の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑
2008/02/08
「帰って来ませんねぇ…。」
「誰がですの?」
盗賊宿舎の玄関でぼけらと呆けていると、上から涼しげな声が。顔を上げると大きな翡翠の瞳が覗き込んでいた。
私は慌てて立ち上がる。
「璃緒ちゃん…っいらしていたのですか」
璃緒ちゃんは「やっと時間が取れましたのっ」とはしゃいでいた。
揶矯さんも嬉しそう。表面上は困ってるけれど。
良いなぁ…私も瑯と遊びたいです。
にこやかに微笑む璃緒ちゃんの後ろの揶矯さんが会釈してきたので会釈を返す。揶矯さんの視線が四方に散る。
…瑯を探していらっしゃるのかしら。
「瑯ならまだ戻ってないんです。」
「え…まだ?珍しいな…」
そのまま揶矯さんは考えこんだ。
本当に仲が良いんだなぁ…。
「玖桜?聞いてますの?」
「はい?」
いけない、またぼうっとしちゃいました。
璃緒ちゃんが盛大に溜め息を吐いた。
「んもぅっだからね、暇なら玖桜も一緒に買い物行きましょうよ」
「ご…ごめんなさい。…お買い物って何を買われるんですか?」
「チョコレートよ。バレンタインの。」
チョコレート…あの甘いお菓子ですね。神殿では年に数回しか口に出来ませんでした。
それにしても…
「ばれん…たいん?」
それ、お店の名前ですか?それとも職人さんのお名前?と聞くと二人とも眼を少し見開き、璃緒ちゃんは笑い始めた。
あぁ…また非常識な答えだったのですね。
「違う、違うわよ。バレンタインはそうね…平たく言うなら男の子が女の子に花を、女の子が男の子にチョコをプレゼントする日だわ」
「どうして?」
「ん―日頃の感謝の気持ちを込めたり、愛情を込めたりですわね。」
「そうなんですか…」
チョコレート…。確か、瑯は甘いもの大丈夫でしたよね。
「お邪魔じゃなければ私もご一緒させて下さい」
「お邪魔なものですかっねぇ揶矯っ?」
「…え?あ、はい。……もちろんです。」
では行きますよっと璃緒ちゃんが私を引っ張る。その後ろにほんの少し離れて揶矯さんが続く。
……なんとなくお邪魔だったでしょうか。明らかに揶矯さんのテンションが下がった気がします。
でも、何を買えば良いか一人では分からないし。
「美味しいものが見つかると良いですわね」
「…はいっ」
お仕事で疲れた瑯を、少しでも喜ばせたいですし。
by 遊 水羽 at 22:20 |
玖桜の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑
2008/02/04
一週間の予定だったのに、この鉱山探索の仕事、延びに延びて今日でほぼ2週間。
いい加減日の光が見たい。
「つうか暖ったけぇ風呂に入りてぇ…」
玖桜も心配して…いや。これだけほって置いたら怒ってんな。
あぁ体が寒い。重い。
風邪でもひいたかな。
by 遊 水羽 at 08:27 |
瑯の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑
2008/02/03
「そうだ、揶矯。一応聞いておきますけど」
騎士の鍛錬場に珍しく深良様と来た璃緒様が口を開いた。
「バレンタインですけれど、一つ、花。二つ、女中や貴婦人方から頂くチョコを一緒に食べる。あ、紅茶は私が入れて差し上げますね。三つ、一緒にチョコを作る…」一つ一つ指を折りながら上げていく璃緒の横で、深良様が
「花は男性が渡す物だっ」
「ただ、揶矯に他の女性のチョコを食べさせたくないだけだろう」
「作るのか………!?」
と一々突っ込みを入れる。
最後の珍味な声は何なんだ。
「以上三つのどれがよろしいかしら?」
にこやかに言い切る璃緒様。
…璃緒様手作りのチョコを食べるという選択肢は無いのだろうか。
by 遊 水羽 at 16:48 |
揶矯の日記 |
comment (0)
|
|
page top ↑