2008/09/22
盗賊と龍
「盗む……?」
良く分からない、という表情で玖桜は首をかしげた。
「事情は良く分かんねぇけどさ、女の子が一人で騎士団とか近衛兵隊から逃げ出すなんて無理だ。それに逃げた後、隠れる場所もねぇんだろ?」
「え、ええ…」
「じゃあ俺たちの家に来いよ!盗賊長屋なら殺人者以外誰だって歓迎するしよ」
「い、良いんですか……?」
「もちろん!決まり!!じゃあ行こうぜっ」
瑯は上機嫌で服の裏にしまってある縄を取り出すと先端に鍵爪を結びつけ、思い切り上へ飛ばす。カチャリと手応えがあり、引っ張って落ちないか確認していると、玖桜が張りつめた表情でなおも尋ねる。
「本当に…良いんですか?」
俺は作業を続けながら答える。
よし、二人乗っても大丈夫だな。
「別に良いって。それにあんたは俺の"天上の美"なんだ」
「てん…じょ?」
「一番大切なものって事!だから玖桜は気にする必要ねぇし!」
「でも」
玖桜は手を重ねて瑯の動きを止める。
「私と居れば、あなたはもう逃げられなくなりますよ」
何を…。
見つめる玖桜の目に映る感情を見た。
この少女は一体何を見ているんだろう。
本当によく分からない奴だ、と褐色の瞳を覗き込む。
事情は良く飲み込めないが、"自由"を望むからには、それだけここにいる事…もしかしたら太陽神の神楽舞でいる事…を強要されたのだろう。
普通、この歳の少女なら、もっと自分の欲望に素直なはずだ。
しかし目の前の少女は超然とした雰囲気で―――…。
何故、求めない?
玖桜のの瞳に映るのは不安、痛み、恐怖――…どれも違う。
―――…諦め?
「俺は玖桜を捨てねぇぞ?」
見捨てられると…思ってるのか?
「それに、近衛兵に追いかけられたって逃げ切る自信あるぜ?」
「違います…」
玖桜はうつ向き言葉を濁す。
「違うんです……」
難しい奴だな。
瑯は縄に飛び乗り玖桜に手を差し出す。
…求めろ。
訳も無く胸が騒ぐ。
「あんたに何の事情があんのかは知らねぇ。俺と行くのに悩むなら好きにすれば良い。俺は行く。玖桜はここに残れば良いよ」
俺を求めろ。
「ここに…」
玖桜は考え、苦しそうな表情で首を強く振った。
「ダメ…それはダメ…っ嫌ですっ」
「じゃあ」
招く俺の手を見つめる。
胸の奥でずくりと沸き起こる確信がある。
この少女を助けられるのは、俺だけだ。
…だから……
「行くか?残るか?」
俺を求めろ。玖桜。
見つめる瑯の強い視線を受け、観念したように玖桜は震える手で俺の手を取った。
玖桜を抱え込みながら瑯はロープを登り、人気の無い道を駆けていく。
幸運な程に警備の人間には遭遇せず、瑯達は神殿の門を越え外へ走り去った。
その様子を、影からこっそり伺い見る男がいた。
暗闇の中、月夜に輝く白銀の髪を闇色のフードに押し込み、息を殺す青年の足下には近衛兵が気絶し倒れている。
青年は逃げる巫女隣を走る見慣れた少年を見つけて目を見開いた。
「何であいつがここに…?」
話が違う、そうぼやきながら青年はフードを目深に被り、主に報告しにその場を去った。
天には星が瞬き、人々はみな夢を見ている中、裏路地を右に左に走り抜け、未だ見えない追手に急かされるように、二人は風を切って走る。
慣れない外に戸惑い、不安が広がる少女の手を、瑯はぎゅっと強く掴み、力強く先へ先へと引っ張っていく。
やがて雨が降り始めた。
足先は冷え、服は雨を吸い重たくなり、雨は容赦なく降り二人に大粒を叩き付ける。
瑯は何度か心配そうに玖桜を振り返るが、玖桜の表情は足下を見つめていて読めない。ただ僅かに見える唇がきゅっと引き締まるのを見て、安心してまた前を向いて走った。
大丈夫だ、そう言い聞かせる様に更に強く手を握りながら。
何度も濡れた石畳に足を滑らせそうになる玖桜を支え、ようやく瑯の住処、盗賊長屋に辿り着いた時には、二人は身体の芯から冷えきり、震えながら駆け込んだ。
「おう、お帰り瑯坊…ってどうしたよおい!」
「何だなんだぁ?」
突然の珍客に驚き寄ってくる男達から守るように瑯は玖桜を抱きしめる。
そして男達に鋭い眼光を向けて低く告げた。
「俺の"天上の美"だ…触んな」
男達が何かを察し、やってきたお頭の指示で部屋を用意したり、何人かが近衛兵団と騎士団の様子を探りに行ったのを確認すると、不安そうに見ていた玖桜を解放する。
走って荒れた息を整えながら、玖桜の背を擦り、優しく声をかけた。
「く、玖桜…もう大丈夫だ。ここなら…安全だから」
瑯の頬に冷えてかじかんだ手を伸ばし、雨で冷たく濡れた頬に玖桜は熱い涙を流した。
「……ありがとう…………」
唇を瑯の耳に近づけ
―――…でも…ごめんなさい……。
瑯だけに聞こえる声でそう囁いた後、玖桜は瑯の胸に静かに倒れ込んだ。
「もっと喜べよ…」
玖桜を抱え込み、別室で寝かせようと立ち上がろうとした瑯は、突然の虚脱感に襲われ、少女の眠りに誘われる様に瞼を閉じた。
良く分からない、という表情で玖桜は首をかしげた。
「事情は良く分かんねぇけどさ、女の子が一人で騎士団とか近衛兵隊から逃げ出すなんて無理だ。それに逃げた後、隠れる場所もねぇんだろ?」
「え、ええ…」
「じゃあ俺たちの家に来いよ!盗賊長屋なら殺人者以外誰だって歓迎するしよ」
「い、良いんですか……?」
「もちろん!決まり!!じゃあ行こうぜっ」
瑯は上機嫌で服の裏にしまってある縄を取り出すと先端に鍵爪を結びつけ、思い切り上へ飛ばす。カチャリと手応えがあり、引っ張って落ちないか確認していると、玖桜が張りつめた表情でなおも尋ねる。
「本当に…良いんですか?」
俺は作業を続けながら答える。
よし、二人乗っても大丈夫だな。
「別に良いって。それにあんたは俺の"天上の美"なんだ」
「てん…じょ?」
「一番大切なものって事!だから玖桜は気にする必要ねぇし!」
「でも」
玖桜は手を重ねて瑯の動きを止める。
「私と居れば、あなたはもう逃げられなくなりますよ」
何を…。
見つめる玖桜の目に映る感情を見た。
この少女は一体何を見ているんだろう。
本当によく分からない奴だ、と褐色の瞳を覗き込む。
事情は良く飲み込めないが、"自由"を望むからには、それだけここにいる事…もしかしたら太陽神の神楽舞でいる事…を強要されたのだろう。
普通、この歳の少女なら、もっと自分の欲望に素直なはずだ。
しかし目の前の少女は超然とした雰囲気で―――…。
何故、求めない?
玖桜のの瞳に映るのは不安、痛み、恐怖――…どれも違う。
―――…諦め?
「俺は玖桜を捨てねぇぞ?」
見捨てられると…思ってるのか?
「それに、近衛兵に追いかけられたって逃げ切る自信あるぜ?」
「違います…」
玖桜はうつ向き言葉を濁す。
「違うんです……」
難しい奴だな。
瑯は縄に飛び乗り玖桜に手を差し出す。
…求めろ。
訳も無く胸が騒ぐ。
「あんたに何の事情があんのかは知らねぇ。俺と行くのに悩むなら好きにすれば良い。俺は行く。玖桜はここに残れば良いよ」
俺を求めろ。
「ここに…」
玖桜は考え、苦しそうな表情で首を強く振った。
「ダメ…それはダメ…っ嫌ですっ」
「じゃあ」
招く俺の手を見つめる。
胸の奥でずくりと沸き起こる確信がある。
この少女を助けられるのは、俺だけだ。
…だから……
「行くか?残るか?」
俺を求めろ。玖桜。
見つめる瑯の強い視線を受け、観念したように玖桜は震える手で俺の手を取った。
玖桜を抱え込みながら瑯はロープを登り、人気の無い道を駆けていく。
幸運な程に警備の人間には遭遇せず、瑯達は神殿の門を越え外へ走り去った。
その様子を、影からこっそり伺い見る男がいた。
暗闇の中、月夜に輝く白銀の髪を闇色のフードに押し込み、息を殺す青年の足下には近衛兵が気絶し倒れている。
青年は逃げる巫女隣を走る見慣れた少年を見つけて目を見開いた。
「何であいつがここに…?」
話が違う、そうぼやきながら青年はフードを目深に被り、主に報告しにその場を去った。
天には星が瞬き、人々はみな夢を見ている中、裏路地を右に左に走り抜け、未だ見えない追手に急かされるように、二人は風を切って走る。
慣れない外に戸惑い、不安が広がる少女の手を、瑯はぎゅっと強く掴み、力強く先へ先へと引っ張っていく。
やがて雨が降り始めた。
足先は冷え、服は雨を吸い重たくなり、雨は容赦なく降り二人に大粒を叩き付ける。
瑯は何度か心配そうに玖桜を振り返るが、玖桜の表情は足下を見つめていて読めない。ただ僅かに見える唇がきゅっと引き締まるのを見て、安心してまた前を向いて走った。
大丈夫だ、そう言い聞かせる様に更に強く手を握りながら。
何度も濡れた石畳に足を滑らせそうになる玖桜を支え、ようやく瑯の住処、盗賊長屋に辿り着いた時には、二人は身体の芯から冷えきり、震えながら駆け込んだ。
「おう、お帰り瑯坊…ってどうしたよおい!」
「何だなんだぁ?」
突然の珍客に驚き寄ってくる男達から守るように瑯は玖桜を抱きしめる。
そして男達に鋭い眼光を向けて低く告げた。
「俺の"天上の美"だ…触んな」
男達が何かを察し、やってきたお頭の指示で部屋を用意したり、何人かが近衛兵団と騎士団の様子を探りに行ったのを確認すると、不安そうに見ていた玖桜を解放する。
走って荒れた息を整えながら、玖桜の背を擦り、優しく声をかけた。
「く、玖桜…もう大丈夫だ。ここなら…安全だから」
瑯の頬に冷えてかじかんだ手を伸ばし、雨で冷たく濡れた頬に玖桜は熱い涙を流した。
「……ありがとう…………」
唇を瑯の耳に近づけ
―――…でも…ごめんなさい……。
瑯だけに聞こえる声でそう囁いた後、玖桜は瑯の胸に静かに倒れ込んだ。
「もっと喜べよ…」
玖桜を抱え込み、別室で寝かせようと立ち上がろうとした瑯は、突然の虚脱感に襲われ、少女の眠りに誘われる様に瞼を閉じた。


