2008/10/02
サラギ城の召使い達が「嵐…」「大恐慌…!」と騒ぎ逃げ惑うのをことごとく無視しサラギ城の廊下を蹴るように足早に進む。
悔しいっ悔しいっ悔しいっ悔しいっ!!
蹴り破られそうになる扉をシラクとラティが慌てて開け放つ中を璃緒はずかずかと進んで行く。
ぱっぱとドレスのリボンを解き脱ぎ始める璃緒に悲鳴を上げながら、シラクは人払いをし厳重に戸締まりをし、ラティは衣装ダンスから着替えを一抱え運んで来た。
「姫様ったら…もう!はしたないっ」
「…はしたない……?」
ユラリと振り返る璃緒に二人は嫌な予感を感じ取り、ひいっと小さく叫び抱き締めあう。
「はしたない!そうよどうせ私ははしたないわよっ王女として未熟よっ弱いわよっ悔し――い!!」
「ひぇっ姫様っはしたなくないですから…言葉のあやです…っ」
「そうですそうです。ひ、姫様落ち着いて…」
慌てて宥める二人を背に璃緒はぎゃんぎゃんと喚き続けた。
「落ち着けぇ!?これが落ち着いていられますか!あんな…あんなクセの強い馬鹿がいるとは思わなかった!えぇパーティーは上手くいったわよ楽しんで頂いたわよあの二人のおかげでね……!……あぁ思い出しても腹が煮えくり返る…っ」
ドレスを脱ぎ捨てながら思い出し、苦虫を誤って食べたような苦い表情を浮かべる。
あの後もレノ大使と犀生皇子にパーティー会場は掻き回された。レノ大使の恥ずかしい程の饒舌ぶりに皆崩れそうになり、犀生皇子のだめ押し変態ギリギリ発言に笑えば良いのか赤面すれば良いのか、悔しい事に私は受け流し方が分からなかった。更に私が主導権を得ようとする度、彼らはタイミング良く私の行動を抑えてきた。
…まさかもう裏で繋がってるって事は…無いわよね…?
むしろ牽制しあってたというか、私で力比べしていた…ような。
「どちらにしても不快な事に変わりはないわね」
ああいうタイプは初めて。自由と言うか確固とした自分を持っていると言うのか。
ラティの腕から軽い部屋着を取り身に纏いながらむぅ、と頬を膨らませる。
ん〜何て言うのかしら?自由な人や自己の強い人はグラシアにもたくさんいたのだけど……。
考える内に、璃緒はふと答えに思い当たった。
あぁそうか…あれは―――…。
「ラティ…夕食までまだ時間あるわよね?」
璃緒の質問に、太陽を見て時間を確かめたラティが頷くのを見て、璃緒は満足気に微笑み舌を舐めるとショールを羽織り、踵を高く鳴らしながら扉へと向かう。
なめられて負け続けるのは性に合わないわ。私は龍の血族。誇りを汚されて大人しく黙ってたりはしないって事、教えてあげる。
「姫様…どちらへ?」
「あら…夕食まで殿方をほっとく訳にはいかないでしょう。」
璃緒は不審そうな二人に
「決まってるわ!先手必勝っこちらから乗り込みますわっ!」
胸を張り高らかに宣言した。
―――…あれは、私を全く見てない眼だわ…。
王女としての価値だけを計ってる…そんな眼。
「う……ん」
柔らかな薔薇と蝋の匂いに鼻孔を擽られ、瑯はゆっくりと目蓋を開けた。
まだぼんやりと霞む視界を何度か瞬きをして慣らす。
徐々にはっきりしてくる視界に映るのは大量のぬいぐるみ。大小様々なぬいぐるみの山に瑯は埋もれていた。
「あ――…うん。そう、そうか」
分からない事があると、人ってとりあえずうなずいとくもんなんだな…。
頷き、妙に納得しながら止まっていた頭をフル稼動させ何があったかを思い出す。
そう…俺はあそこに探りに入って…秘宝を知りたくて…見つかって逃げて…それで―――…
「捕まった…のか?」
それにしてはファンシーな牢だと思うけど。
現状を確認しようとぬいぐるみの山から這い出た先は、レースとフリルのふんだんに使われたカーテンに、ふわふわのピンクのカーペット、真っ白に金で装飾が施されたアンティーク物のテーブルに小さな椅子、綺麗に整えられた植木と噴水、散乱された刺繍や編物、天外の付いた真っ白なベッド、ピンクの毛布にくるまる長い金髪の少女。
――――――…少女?
瑯は飛び起きると軽い足取りでベッドに近付き少女を覗き込んだ。少女はぐっすりと眠り込んでいるようで、瑯の気配にも起きる様子はない。
「本当…どこだよ、ここ」
廊下で仁王立ちになり、どちらの部屋を先に訪れようかと真剣に悩む璃緒を見つけ、大きな男がのしのしと近付き、耳打ちする。
「何…?…そう、準備が出来たの?早いわね、ご苦労様バルドス。」
「どういたしまして。んで姫さんは何してんだ?」
「二人に会いに行こうかと思ってたけど…止めたわ。」
璃緒は先に二人がいるはずの廊下にくるりと背を向け歩きだす。
その背にバルドスは声を投げた。
「んで、次の仕事は?」
「ラティを連れて行って。後、その辺の小姓に夕食場所を庭園に変更すると大使と皇子に伝えさせてちょうだい」
「はいよ」
じゃあね、と手を振り去る璃緒の背を見つめながらバルドスは絞りだす様に呟いた。
「姫さん…死ぬなよ……」
by 遊 水羽 at 19:16 |
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2008/08/29
日も高くなった頃、犀生皇子とレノ大使が到着したと連絡が入った。
璃緒は広間で静かにそれを待つ。
優雅に談笑しながらパーティーが始まるのを待っている貴族を見ながら、璃緒の後ろからシラクは声をかけた。
「良くこんなに集まりましたね…!」
急な事なので二日前に招待状を配った為、それ程集まらないだろう…とシラクは検討をつけていたのだが、予想を遥かに超え、予定の三倍の客人が訪れた。見れば馬車で三日はかかる地域の貴族までいる。
「どうやって間に合わせたのかしら…」
今頃シャシャ様とラティが悲鳴をあげながら女中達を指揮しているんだろうな…とシラクはぼんやりと思う。
「当然だわ。王族主催のパーティーってだけでも興味をそそるでしょうに、今回の主催者はパーティー不参加で有名な、この私よ?何が何でも参加しなくちゃ社交場で恥をかくわね。多分半年は今日の事でお茶会に花が咲くものっ」
字の通り、皆死ぬ気で用意したのだろう。ざっと眺めてたが全員ドレスやスーツを新調したようだ。
特に女性方の気合いと根性恐れ入るわね。ここまでくると敬服するわ…。
皆、流行の髪型に結い上げふわふわのドレスを身につけていてとても可愛らしい。
璃緒はちらりと自分のドレスを見る。
今日の璃緒はいつものシンプルなワンピースドレスと違い、レースやフリルのふんだんに付いたふんわりとした桃色のドレスに身を包んでいた。ドレスは下にいくにつれ鮮やかな赤に染まっていて、まるで花のようだ。何段にも重なったレースは真珠のチェーンで押さえている。髪は首近くで二房を三編みにし垂らし、残りの髪は結い上げ、蝶を模した銀の髪止めで留めている。
シャシャの力量も恐れ入るわ…。
最先端も最先端。熱の籠った眼差しで見られてる感じからすると髪型は新しく考案したのね。
シャシャが寝る間を惜しんでラティ達と璃緒の服装について話し合っているのを想像し、ふふっと笑った。
「どうしました?」
「何でもないわ。私、赤や化粧って苦手なのだけど、やっぱりこう…厄介な相手と張り合う時に化粧は必需品ね」
表情を隠せるし、何より気構えが違う。泣いたり怒ったりすれば化粧が崩れ醜くなる。そんな恥をかく気はない。
うん。よし、いける!
璃緒は今日の予定をさっと復習する。
クルーガー公爵が招待客を接待、皇子と大使がいらしたら広間へエスコート。私は広間で二人を待つ。簡単な挨拶が済んだらダンスパーティー。夕暮れに解散、夕食を三人で食べる。細かい所は臨機応変。
あなどれない人達らしいから、振り回されないようにしないと。
後は――…
「…シラク、準備は?」
「…明日の昼には整います。ですが姫様…っ」
続くシラクの言葉を手に持った扇でぴしゃっと止める。
「戦場で弱気な言葉は聞きたくないわ?」
にっこりと微笑む璃緒に、シラクは言葉を飲み込み頷いた。
うん。気合い十分ね。やっぱり化粧は良いわ。
「璃緒=エルト=グラシア王女殿下に申し上げます。煌帝国より犀生=煌第三皇子、バルディウス公国よりレノ=デュアル=ラドルフ大使、お目見えになりました!」
場内が一気にざわめきたつ。
―――――来た。
「お通しして」
璃緒はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと開かれる大きな扉を見つめる。
扉が完全に開かれるとクルーガー公爵のリードで二人の青年がゆったりと歩を進めた。
その姿を見て、先程まで談笑していた貴族達は慌てて膝を折る。
璃緒は歩いてくる二人を見つめた。
この二人……腹立たしい事にかっこいい…っ
あの褐色の肌の人が犀生皇子だろう。
金の刺繍の入った黒い着物をサラリと着流し程よく筋肉の付いた胸元を見せている。着物を縛っている帯の先にはぎっしりと刺繍が施され、さっぱりとした服装ながらも高価な物だと伺える。ゆったりとしたズボンで包まれた足はとても長い。右耳に輪形の黒いイヤリングをつけていて、少しくせっ毛の黒褐色の髪に良く合っていた。くせっ毛の髪は長く伸ばされ三編みにしている。悔しい程に整った顔立ちで、少しつり目で蜂蜜色の眼が璃緒を黙って見つめていた。
あの煌帝国で常勝無敗を誇り牛耳ってるだけあって、鋭い表情ね。
それをまたかっこいいと思ってしまう自分を見つけ、璃緒は急いで視線を外した。
く、悔しい…っしかもあいつ今にやりと笑わなかった……?
なめられた?うっわ腹立たしいっ
自分に憤慨しつつ、視線をレノ大使に向ける。
上質で柔らかなシルクの生地に細かな刺繍の入った(トーマの蔵書で見た"チャイナ服"に良く似ている)長めのシャツ。その上に厚手の濃紺の法衣を羽織っている。
ズボンは綺麗に足のラインを出し、犀生程ではないがやはり長い。
何よりも…この顔と髪…。
金糸のような、という表現が正にあう肩まで伸ばした髪がサラサラと彼の動きに合わして揺れる。
そして抜けるような白い肌と一際輝く真紅の瞳。
中性的な顔立ちから感じるミステリアスさと鮮血よりも赤い瞳にぞくりとする。
うっわ綺麗……。髪も肌も世界中の婦女子が羨むわね…。
目が合うとレノはゆったりと微笑んだ。
「―――っ」
璃緒は叫びそうになるのを無理矢理飲み込む。
どうしようこの人本当に綺麗でかっこいいわ!
裏を知らない人が"慈善家の好紳士"って信じてしまうのも納得する…っ
ちらっと後ろのシラク達を見ると、侍女達みんなが浮き足だっているのが分かった。
バルドスのようながっしりした体型好きのシラクでさえ、仄かに頬を染めている。
喧嘩時に自分より我を忘れてキレてる人を見ると逆に冷静になるというのは良くある話で、璃緒は侍女達を見てすっと冷静に戻った。
心が冷えていくのが分かる。
ここは…戦場。
璃緒は壇上から犀生とレノの前に立ち、ふわりと腰を折った。
「犀生=煌皇子、レノ=デュアル=ラドルフ大使。グラシアへようこそ。私はグラシア王国第一王女、璃緒=エルト=グラシアと申します。王女として国王に代わって歓迎いたしますわ。今日はどうぞお楽しみ下さいませ」
顔を上げると、妖艶の言葉を形にしたようなゆったりとした笑みを浮かべていたレノの口がおもむろに開かれた。
「これはグラシアの姫君、ご機嫌麗しゅう!絶世の美女だと聞いていたが噂は嘘ではないようだな。漆黒の髪に翡翠の瞳とはまるで闇夜に煌めく宝石そのままだな。」
「お世辞でも嬉しいですわ、大使」
璃緒は内心で"狐、狐"と呟き続ける。
「お世辞!お世辞などでこの感動を言い表せるだろうか?」
レノは璃緒の手を取り続ける。
「貴方の様な至高の宝石を大観衆の中に晒してしまうのは非常に惜しい…しかし哀しい事に私もまたその奇跡の様な幸運に巡り逢えた者大観衆の一人。その輝きにベールを被せる事など出来ない…っそうとも出来ないとも。貴方の瞳が瞬く度に僕の心は初めて生を知ったかの様に脈打ち始める。その輝きを喪えば僕は哀しみにのたうち回りながらこの灰色の世界の中で一人寂しく朽ち果てねばならぬのだろう……っ何という悲劇!君を他人に見せたくなどないのに君に魅せられた私には君を隠す事が出来ない…っあぁかの三大悲劇を描いたノストラールでさえこの様な悲劇など到底描けなかっただろう…。桃色のドレスとはまた愛らしい…!僕の真紅の瞳と並べばどれだけ映えるだろうか…。それも考えての桃色かい?いや、聞かずとも分かっている!なんて罪深くそして愛らしいのだろう…っ僕の為に美しく着飾ってくれるとは…正に薔薇だね!この場には多くの花が存在するが、君と比べたら花と呼ぶのも差し支える…。そうとも君の微笑みは香りとなって更に僕を惑わせる魅惑の花だ。いったいどれだけ刺を秘めているんだい?子猫ちゃん」
「子猫ちゃん!?」
怒涛のレノの言葉に黙って笑っていた璃緒だったが、あまりの衝撃に思わず声が出る。
会場の気温が二度程下がったのは気のせいではないだろう。
「子猫ちゃん!!愛する物の代名詞!その愛苦しい仕草、濡れ輝く瞳、柔らかなベルベットの様な肌触り!正に"愛される"その為だけに生を与えられたもうた神からの贈り物…それこそが子猫!!」
後ろでシラクが声を出さずに悲鳴を上げているのを感じる。
「今時子猫はねぇだろ」
全くだわ。
璃緒は心の中で呟きながら、黙って眺めている犀生を見る。
「あぁ我が愛しの君!他の男に視線を向けるなんて、なんて拷問を…っ」
レノは璃緒の手を取っているのとは逆の手で璃緒の頬に触れる。
「手を退けなさいレノ大使。」
「あぁ何故君はその様な冷たい眼で僕を見るのだろうかっその視線に見つめられたら僕の心は霜に焼かれる冬薔薇の如く…っ!?」
突然の痛みにレノは驚いてぱっと手を離し、璃緒の肩にいる白い生き物を睨み付ける。
な、何?
璃緒が慌てて首を捻ると、ふわふわとした白い毛の小さな猿が肩に座り、その赤く大きな眼でレノを威嚇していた。
この子が引っ掻いたの…。
見るとレノの手の甲に赤い線が入っている。
「戻れ、リア」
リアと呼ばれた小猿はききっと鳴くと、犀生の肩にするすると登り、毛繕いを始めた。
「ホワイトジュエルモンキーか。君のペットかい?犀生皇子。随分なご挨拶だね、僕の手を引っ掻くとは」
「いや、奴隷。咬まれなくて良かったな」
そう言うと犀生はリアを叩き落とした。
リアは床に落ちて丸まり、きゅうっと鳴くと、璃緒に駆け寄り肩に収まった。
「誰が守ってくれるか分かってるのね、賢い子じゃないの。可哀想に」
璃緒がリアの背を撫でると、リアは"ちゅ"と璃緒の頬にキスをし、それを見て犀生は「けっ」と笑った。
「何だい何だい?猿の分際で、姫君のドレスは自分の目に合わせたとでも言うのかな?憎たらしいことこの上ないねっ」
「ドレスへのお言葉ありがとう。それなら後ろの侍女に言って挙げてくれる?」
「ひぇ!?」
突然引き合いに出されたシラクがすっとんきょうな声を上げる。
「そうかい君が美しいドレスをこの世に生み落としたのだね!なるほど、美しい物は美しい人から生み出されると言うのは真実のようだ…。非常に愛らしい。その可愛らしい指先から一本一本紡がれる刺繍の輝きと言ったら、感極まるね!」
「あぁぁぁあのお顔が近いです近いです!」
「こんなに頬を染めて…可愛いね。流石はグラシア王国!気高く麗しい姫君に、初々しく可愛らしい貴婦人方とは…。両手に花とは正にこの事。愛し過ぎてどちらに微笑みかければ良いか…っあぁ神よこの様な苦しみ…僕が何をしたのでしょうか…っ」
「うっぜぇな、んなもん全員キープしとけば良いじゃねぇか」
「えぇぇぇ!?」
騒がしい三人を眺めて、璃緒はため息を吐きながらリアのアゴをくすぐる。
「困った方達ばかりね…?パーティーが始まらないわ」
そうだね、と言うようにリアは目を瞬かせた。
本当に…こんなに扱い難い人達だとは思わなかったわ。
「璃緒…姫。知らねぇ様だから言っとくが、ホワイトジュエルモンキーの牙には猛毒が詰まってるから、気をつけろ」
ぎょっとして肩上のリアを見ると、リアは何?と首をかしげた。
「猛毒…?」
綺麗な物に棘…って事?
璃緒は撫でながら観察する。
シラクの手の甲に口付けしていたレノが、さらりと告げる。
「あぁ…グラシア王国では生息してませんから姫君は知らないでしょうが、ホワイトジュエルモンキーの牙に猛毒があるのは本当ですよ。一咬みで熊を動かなくさせる程度ですがね」
その言葉に、璃緒は全身から血の気が引くのが分かった。リアを撫でる手がピタリと止まる。
その様子に犀生が笑いながら近づいてきた。
「ずっと女王様みたいに毅然としてるから、つまんねぇ女かと思えば…可愛いじゃねぇか」
璃緒の肩からリアを取り上げる瞬間に、そっと耳元で囁く。
「そういう可愛い表情してっと、あんたに息も出来ねぇ程エロい事したくなんだけど?」
――――――――!!
犀生は璃緒を見てにやりと笑うと、くるりと背を向けシャンパンを配るボーイに近づきグラスを三つ取った。そして無言で睨む璃緒と皮肉な笑みを浮かべるレノに渡し、杯を掲げた。
「グラシアに」
犀生が不敵に告げる。
「グラシアに」
レノが優雅に告げる。
舐めてたわ…。こいつらは瑯を奪った敵だってのに。
璃緒は皆に見えるよう高く杯を掲げ、高らかに告げる。
「グラシアに」
そしてパーティーは始まった。
by 遊 水羽 at 19:43 |
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2008/08/16
溶ける様に、深く深く隅の隅まで入り込んで、私の体の一部に。
王城ルクシェブルクの門前で三人の近衛兵が長い槍に持たれつつ、まだ寒い春の夜の冷たさを堪えながら立っていた。
「う〜まだ寒いなぁ。こう寒いと熱いラテ酒(蜂蜜酒)をグイッといきてぇなぁ」
少しでも暖まろうと足を動かし脚あてをカチャカチャと言わせる。
「だなぁ…って、そりゃいつもじゃねぇか」
「そうだそうだ!そうに違いねぇや!…しかし眠いな」
兵士達ががはがはと笑っていると、内一人がポツリと呟いた。
「おいおい…まだ二時だぜ?キバレよ」
「分かってんよっ…けど瞼が落ちてくんだよなぁ…ふぁ」
「俺もだ…春の夜だからか…?ふあぁ……」
バシバシと頬を叩くがなかなか眠気は抜けない。
しばらくするとガシャンという音が響き、一人の兵が槍を落として倒れ込んだ。直ぐに助け起こそうとした二人も力が抜けたように倒れ込み、静かに寝息を発て始めた。
ひっそりと静まりかえった門前にこっそりと足音を殺して一人の少女が近付く。そのまま眠っている兵士の腰から鍵を奪い門を開け、静かに門の中に滑り込んだ。門のすぐ側にある駐在所に控えていた五人程の兵士もぐっすりと眠り込んでいるのを確認し、城の中へ足を進める。
いくら夜と言っても王城。起きてる人がぱらぱらといて、それらを物陰に隠れたりして避けながら少女は目的の部屋へ足を進めた。
「おや、本当に玖桜殿が来たのう。陛下の言われた通りですじゃ」
「!!」
三階へ続く階段の大広間に少女が辿り着いた時、突然段上で蝋燭の灯りが灯った。仄暗い蝋燭の灯りの中に浮かび上がる人影に少女は身を固くする。
段上には柔らかな物腰の初老の騎士が微笑を浮かべて佇んでいた。
騎士隊の制服である金の肩飾りと、ボタンの付いた漆黒の膝下までの長いローブと、黒の軍用靴で身を包み、胸には騎士隊の紋章である剣に絡む龍をあしらった金のブローチが輝き、腰には細身の長剣が鎖で吊るされていた。
綺麗な白髪は首の後ろできっちりと結ばれ、鎖骨辺りまで伸びた顎髭はきちんと整えられている。
柔らかな琥珀の瞳は優しく少女―玖桜を見つめていた。
「……千隼大佐」
千隼と呼ばれた初老の騎士は、玖桜の爛々と金色に輝く目を見つめ、柔らかに告げる。
「力を止めていただけはせんかな?そんなことせんでも玖桜様を止めやせんよ」
玖桜は一瞬逡巡するも、言われた通りにする。軽く目を閉じ開いた次の時には、もう彼女の瞳はいつもの褐色に戻っていた。
「力のコントロール…大分手慣れておりましたのう」
うーん。そうでしょうかね。
玖桜はむぅ…と唸りながら顔の前で手をひらひらとさせる。
「コツは掴んできました。自分が操りたい物の全てになる感じ……細胞に成れば良いんです。天候を操ったりとかは…一人では無理なんですけど」
そうですか…とのんびりと言う大佐はまるでお爺ちゃんのようだと思い、王宮の重圧感に緊張していた玖桜は少し安心する。
「私が来ること…国王はご存知で?」
登ってくる玖桜を待ちながら千隼は答える。
「璃緒様の縁談話がもちこまれた時、昨日の話じゃが、その時から…いつか来るだろう…とは。」
私の行動は読まれてるって事ですね。
「……大佐はどこまでご存知でここにいらっしゃったんですか?」
「詳しくは何も存じとりませんが貴方がいらっしゃるということは、璃緒様の縁談とあの盗賊の少年が一枚絡んでいるんだろうと推測しておりましたな」
違いましたかな?と千隼は国王の部屋へ案内しつつ視線で尋ねる。
「私も璃緒ちゃんの縁談はさっき聞いたばかりです」
「そうですか」
「…瑯の事は、どう推測してらっしゃいますか?」
千隼はふむ、と少し考えてから口を開いた。
「私も国王の側近の一人ですからな、少年が"王の盗人"として働いているのは耳にしております。貴方が力を使ってまであまり近付かない王城に来られるという事は、それ相応の事態が起きたのでしょうな。縁談を滅多に受けない璃緒様が自ら相手に会いに行ったのもその為じゃろう」
「王は瑯を探すでしょうか」
「国交の妨げにならなければ探すでしょうのう。それは国王のお考え次第じゃて」
玖桜がポツリと呟くと、千隼は用意されていた答えを返した。
「そう…」
玖桜はそう言うと口をつぐみ、千隼もまた黙って歩を進めた。
やがて他より一回り大きく細工の細かい扉が見えてきた。
あれが国王の部屋。
扉の前で止まると、千隼は扉を小さくノックすると直ぐに返答があり、内側に控えていた騎士が小さく扉をあける。
「さぁどうぞ中へ。ほりゃお前はワシと共に外で番じゃ、はよ出なさい」
千隼は玖桜を中へやりつつ騎士を引っ張り出す。最後に軽く深呼吸して中へ入る玖桜の背中に呼びかけた。
「少年が無事でいるよう祈っとります。それと、お困りでしたらいつでもお声をおかけ下さい。出来る限りの力をお貸ししますじゃ」
玖桜が振り向いた時には扉がしまった後だったが、玖桜は千隼に向かい「ありがとう」と微笑んだ。
「千隼大佐は相変わらずお主に甘いな」
「"あら、女性全てにお優しいのよ。"と璃緒様なら仰ると思いますよ。全=ジェドモンド国王陛下」
玖桜は正面に座る全を見据えて答えるとスカートを摘まみぺこりと頭を下げ、直立に戻る。
「目に浮かぶようだよ。それと、いつもの様に話しなさい。私の前だからと言って呼び方を変える必要はない。」
本来なら私こそ敬語を使うべきなのかもしれないしな、と笑いながら全は立ち上がり、玖桜を客席へ誘う。
玖桜はお互いに腰掛けたのを確認すると、軽く息を吐き躊躇いを捨て唇を開いた。
「単刀直入に申しあげます。瑯はどこ?」
「私達は認知していない」
全は玖桜がそう言うだろうと計っていたタイミングで返答した。
「最後に瑯が連絡したのはどこです?」
「煌帝国の山中、鷹を使って書を寄越して以来途絶えている」
「瑯はどこに何を調べに向かっていたんですか?」
「煌帝国とバルディウス公国のどちらかだろう。他国の秘宝について調べていた。次はこちらが聞こう。何を感じてここへ来た」
秘宝――…私も噂くらいは聞いた事があります。関わりのない話ではありませんし。
「…瑯を探す気はあるんですか?」
「――質問に答えなさい。」
――――――…!!
玖桜の全身にぞわっと悪寒が走り鳥肌が立った。
やっぱり国王は…怖い。
玖桜は全の全身から発せられる威圧感に呑まれそうになる。
「――言わないと言う事は、私に言えば捜索は断たれ、自分で探しに行くのも邪魔されるから言わないという事か」
「違う…っ」
顔を上げると怒りに燃えた全の目をまともに見てしまい一瞬ですくみ上がる。
全は玖桜の身が固くなったのに気付き、苦笑し態度を柔らかく改めた。
「私が国民を見捨てると思うか。私は国を統べる者として国民を第一に考えている。確かに生まれたばかりのお主を親元から離し、神殿に閉じ込めた事は許される事ではないだろう。しかしあの様な辺境の地に巫女を置き去りにすればいつお主や周りの者の命を危険に晒すか分からぬ。私の役目は国民の命を守る事だ。」
「それは…国民の心は守らないのですか?」
「もちろん守れるなら守りたい。しかし全ての国民を守る事が出来る程自分に力があるなどと驕るつもりはない。そして守るだけでは人は成長出来ぬ。国民が弱くなる。いくら保護し支援しようとも、最後は己の力で立つしかないだろう。」
う、正論です。
「私は花を愛でる時、雑草は抜くが農薬を撒きはしないのだよ」
やっぱり私では勝てないですね。理解して、納得してしまうから。
玖桜はため息をつき、悔しいながらも口を開いた。
「一瞬、瑯の感情の激しいブレを感じ、その後繋がりが一気に切れました」
「ふむ…それを巫女はどう見る?」
「瑯は囚われ、結界か何か…私と瑯との繋がりを断つ物の中にいる…のだと。」
「やはりそうか……」
ではどうするかな…と思案する全に玖桜は厳しい顔で訊ねた。
「瑯をお探しになりますか?」
「瑯には"王の盗人"となる際に"俺が捕まっても王が悩む事はない。眉を寄せず足枷は捨てろ"と言われた」
「ええ…」
分かってます。
玖桜は膝の上できゅっと拳を握る。
「一人の盗人の為に戦争の危険を招くつもりもない」
「えぇ分かってます。分かってますけど…」
「しかし私としては――…有能な盗人を失うのは非常に惜しい」
それは――…。
玖桜はわなわなと唇を震わす。
「更に次期国王が盗人に妙に執着しているし、愛娘は探しに行くと自ら敵陣に赴くし……困った事じゃないかね?ん?」
それは…。
「…探して…頂けるのですね……?」
ほろりと落ちた涙を全は優しく拭い取った。
「あ、す、すみません…っあのあの…」
「突然瑯との繋がりが切れて心細かったのだろう…?ここまで張りつめた表情で…やはりお主には笑顔の方が似合う」
―――…寂しかった。
玖桜の大きな目から涙が溢れた。
「これが"寂しい"なんですね」
神殿にいる時は、こんな気持ち知らなかった。
寂しかった。寂しい、寂しいんです瑯。
一度知ったら、知らない事には出来ないんです。
「あぁ全くこんなに泣いて…。必ず助け出す」
寂しい、会いたい、会いたい。
一人は怖い、会いたい、会いたいんです。
「安心したかね?」
全が差し出したハンカチに玖桜は顔を埋めた。
「……はい」
穏やかに玖桜を眺めた全が「お茶でも淹れさせよう」と立ち上がったその時。
バンッと扉が大きく開かれた。
「父さ…国王!!緊急伝令ですっ」
そこまで叫んで、玖桜がいるのに気付き、深良は慌てて口を接ぐんだ。
「良い、深良=ディル。報告を」
良いのか…?と少し心配そうな顔で深良は報告した。
「璃緒=エルが弓でいられ、崖に墜落。生存はまだ確認されておりません。」
ゆ…み……?
ぐらりと世界が歪むのが分かった。
ふらりと倒れそうになるのを、深良が咄嗟に受け止める。
玖桜は顔をを両手で覆い、「璃緒ちゃん…」と苦し気に洩らした。
全は椅子に深く腰掛け直し、静かにため息を吐いた。
「深良=ディル。そこに…バルドスかラティ、シラクはいなかったのか?」
「は…いえ、少し離れた所に居た様ですね。璃緒は客人二人と話していた…と。」
深良の報告にゆっくり頷くと、玖桜をじっと見つめた。
「玖桜。お主は瑯と璃緒を助けたいかね?」
「もちろん……っ私に何か出来る事がありますでしょうか?」
「では協力願おう。」
玖桜はじっと言葉を待ち、深良もまた見つめ、王の頭を駆け巡る考えを読み取ろうと待った。
全は暫し悩むが、意気込んで答えた玖桜を見据え告げた。
「…揶矯を呼び戻し、これを持って二人でシシル山脈を越えて煌帝国へ」
そう言うと、胸元に手を入れ、木の皮紐のネックレスを取り出す。
皮紐の先には複雑に彫られた龍の水晶が下がり、きらりと光を放っていた。
by 遊 水羽 at 13:27 |
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2008/07/30
空がうっすらと白み始め、朝の早い店や情報などのギルドの人々が動き始める気配がする。
春の空はまだ天高く澄みきり、人々に本日の晴天を告げていた。
璃緒はテラスから身を乗り出し、まだ静かな城門を眺めた。
「お早うございます姫様。今日はお早いんですのね」
まだ寒いですから、と侍女のシラクはローブを差し出した。
「ねぇシラク」
ローブに手を通しながら言う
「犀生皇子とレノ将軍は…噂通りの人かしら」
「噂通り…毒蛇と嘘つき狐ですか?」
くすくすとシラクが笑う。
「ええ。乙女に甘い言葉で楽園から追放される原因を食べさせた蛇と」
「聖女を騙してタナトス[冥府]に導く狐……ですよね」
二人は顔を見合わせ、またくすくすと笑った。
毒蛇と嘘つき狐。璃緒と侍女のシラク、ラティの三人で、周りの噂から考えた犀生皇子とレノ将軍のあだ名である。
「でも、本当に噂通りの方々みたいですよ」
シラクの真面目な声に、璃緒はすっと笑いを引っ込める。
「なぜ?」
私達はシャシャ女中頭と先にこちらに来ていたので、町で少し情報を集めてみたんですけど、と前置きをしシラクは話し始めた。
「流石はラーナですよね。王都の何倍も異邦人がいました。」
「港町だし…。王の側に仕えた可能性もある吟遊詩人も多かったでしょう」
二人は話しながら部屋に戻りテーブルにつく。シラクは紅茶を淹れながら話を続ける。
「まず犀生皇子ですけど、第三皇子でありながら、兵力財力権力、どれもを他の皇子を遥かに上回っています。勝つ為に人を陥れる事など全く気にしない方みたいですよ。ただ、国民には異様に人気があるみたいですけど」
璃緒はいぶかしげに眉をひそめる。
「国民に?煌帝国では武力による圧政が敷かれているのに?」
「ええ…そう、なんですけど。国民に水を惜しまないらしいです」
シラクは不思議そうに答えた。
なるほど、ね。璃緒は出された紅茶をすすりながら納得する。
「シラク、煌帝国の輸出第一位は?」
「え?砂油…ですよね。あれ、ガティアでした?」
「いいえ、砂油であってるわ。ガティアは確かにどの国も欲しがるけれど、数が少ない物だし、あまり売ったら戦争の時に危険でしょう」
砂油とはその名の通り濾砂機を使って砂から取る油である。主に灯用の油として使われ、質は低いが原料の砂は膨大にある為に安く、他国でも需要は高い。機械工業の発達した煌帝国ならではの物だ。
ガティアは金属鉱石。軽く丈夫で鉄や鋼では傷一つ付けられない為、鎧や剣に用いられる。
「じゃあ、輸入第一位は分かって?」
「水です」
シラクは今度ははっきりと答える。
「広大な砂漠が広がる煌帝国に置いて、必要不可欠なものは水ですから」
「そうね、じゃあ砂油工場で汗水垂らして働くのは?」
「平民です。―――あ…!」
「そういう事。働く人が水不足で死んでしまえば、自分達の収入も減る。逆に増えればより多くの砂油が手に入り、結果多くの水を買うことができる。…国民に与えた水の倍は戻ってくるでしょうね。」
「それなら…国民は仕事がよりきつくなっても…兵役がかさんだとしても、水の為なら不平はないはずですよね。人気があるわけですね」
使われてるのにくいっと紅茶を飲み干す。
「飴と鞭…良い使い方じゃない。でも実際に実行できるなんて…」
シラクは紅茶を注ぎながら質問する。
「やっぱり、難しいんですか?」
「そりゃ、難しいわよ。煌帝国の歴代の将軍達は、命の糧の水を抑える事によって絶対の権力を保っていたんだもの。少し間違えれば反乱が起こって政権を奪われてしまうかもしれないわ」
「凄いですね」
紅茶を掻き混ぜながら璃緒は呟く。
「カリスマ性と判断力、指導力、運、それから――…絶対の軍事力」
後は実行力。――…実行できる冷酷さ?
まだ見知らぬ皇子が無表情に逃げ惑う人々を切り裂く姿を想像し、思わず縮こまり自らの体を抱き締めた璃緒は側にシラクが居るのを思い出し、すっと背筋を伸ばした。
見てもいない人に怯えるなんて、駄目。駄目よ璃緒。
私は龍王の一族。常に気高く…気高くなくちゃ……。
「…軍事力」
「反乱を起こす気が無くなるような、ね。何領か…あ、あっちの単位は村だっけ。」
璃緒は話しながらシラクに紙とペンを取るように頼んだ。
「郷と村です。大きい区画が郷」シラクは答えながら璃緒に紙束と羽ペンを渡す。
「そう、じゃあ反乱を起こした…起こそうとしたでも良いけど、そんな郷を見せしめに叩き潰したんじゃないかしら」
「あ……そういえばそんな噂がありました」
蛇より質が悪いわね、と璃緒は苦笑した。
蛇って言うより…砂漠にいる獰猛な蠍といったところかしら。
好きじゃないわ…、毒々しいったら。
「レノ将軍は?」
「――…あ、噂ですか?レノ将軍は、表向きは優しく美しい貴公子で慈善事業に手を出したりしてるんですけど、裏では麻薬密売、殺人、内蔵密輸、人身売買斡旋…色々やってますね。まぁ有名な事ですけど」
「ふぅん。まぁ聞いてた通りって感じ?」
というか慈善事業をやってた方が初耳よ?
レノ将軍っていったら、鬼畜の代名詞みたいな奴じゃない。
璃緒は頬杖を付いて聞きながら、サラサラとペンを走らせる。
「そうですね。」
シラクは「あ、後」と手を打って話を続ける。
「"ヒンノムの谷"…ってご存知ですか?」
「確かテイルの蔵書の一つに書いてあったわね……。意味は…死体や汚物の焼却場…だったかしら?」
シラクは知らないと思いましたのに。と少し残念そうに口を尖らせ、さすが姫様です。と、にこりと笑った。
「でも私がお話ししているのはレノ将軍の"ヒンノムの谷"です」
「知らないけども」
璃緒は頭を押さえながら言う。
だって、ものすっごく嫌な予感がするのは私だけではないでしょう?
「レノ将軍の居城…は岩崖に立てられているんですが」
「知ってるわ。あの国は岩崖面を削ったり、隙間を上手く使ったりして崖面を利用した家を立てるのよね。まさに天然の要塞だって、前に揶矯が言ってたわ」
「その城の裏に絶壁の谷があるんです。」
「はぁ」
璃緒は気の乗らない返事を返す。
「そこに将軍が遊んだ少女や少年の屍体が投げ込まれるらしく、その為"ヒンノムの谷"と皆さん呼んでらっしゃるらしいですね」
……何でそう、普っ通に報告するのよ。
少年と少女が受けた仕打ちを思い、璃緒は吐き気を覚える。
苦しかったでしょう。怖かったでしょう…。
心の中で、どうか安らかであれ、と、璃緒は哀れな子供達に十字を切った。
レノ将軍…会いたくないわぁ。
犀生皇子とレノ将軍の二人を同時に相手しなきゃなんないなんて…。
璃緒はシラクに気付かれない様に小さくため息を吐いた。
「―――そう」
「はい」
「……シラクって…や、何でもないわ」
シラクはにっこりと満面の笑みで応える。
「割りとグロテスクなものは大丈夫ですね。げてもの料理も好きですし」
うえ…
「私は好きじゃないな…」
……大丈夫か大丈夫じゃないかと言われれば、そりゃ食べるわよ?
どっかの馬鹿貴族に馬鹿にされた時はムカついて優美に蜘蛛の唐揚げを喰ってやったわよ。
璃緒はじっとお茶菓子を出そうとぱたぱたと走るシラクを見つめる。
璃緒が6歳になった時に、当時10歳のシラクと5歳のラティは璃緒付きの侍女になった。
二人は可愛い。タイプは違うが、いつも一生懸命でくるくる働く様は愛くるしい。
まぁ、当然かも。侍女を選ぶって聞いた時、深良お兄様とシャシャに「可愛くて有能な子じゃなきゃ嫌」って言ったの私だし。
シラクの青みがかった山鳩色のおさげが目の前を揺れ動くのをぼおっと見つつ、無造作に声をかける。
「シラク」
シラクは振り向き、何でしょう、と上目使いの桔梗色の眼で応え微笑んだ。
ちくしょう。21のくせに私なんかよりずっと可愛いじゃない。
「シラクって…外見裏切るわよね……」
シラクはふふっと笑う。可愛いなぁもう。
「姫様がそんなことおっしゃるなんて、おかしいですよ」
グラシア一の美人と誉れ高いですのに、と口に手を当てクスクスと笑った。
そんなこと、ないのに。
璃緒は毛先をいじりながら言う。
「皆お世辞よ。ひねてて悪知恵ばかり働いて口喧嘩が異様に強くてわがままな女の子なんて、全然可愛くないもの」
まぁ、厄介な人達に好かれても嬉しくないけど。
櫛を取るとシラクは璃緒の後ろに回り、髪の毛をとかし始める。
「あら、可愛いじゃないですか。いつも強がってて時々弱気になっちゃう女の子なんて、男性に人気あるんですよ?」
「弱気になれば、でしょ?」
私が男性の前で泣いたり弱ったりしたこと、ある?と聞くと
「ないですねぇ」
いつも超然としてますものねぇ…、と笑った。
「可愛くないのよ」
だから、犀生皇子もレノ将軍も私を好きにはならない。
それでも…
「それでも彼らは私を欲しがるでしょうね。…国の利益の為に」
最後の言葉を吐き捨てると、璃緒は無性におかしくなった。
そんなこと、生まれた時から決まってるのに、今更。
「姫様…」
まだ、愛されたいと願ってるなんて。
「二人はどんな人だろうね」
好きな人と結婚するなんて私には無理なんだから。
「どうせなら骨のある人だと良いわね」
この17年間そのことを学んできたんだから。
「死ぬまで一緒にいることになるなら戦い甲斐のある方が面白いわ」
私は王女なんだから。気高くなくちゃ。
「持参金にあたるものも良いものが良いわね。私の物になるならより良いものが欲しいわ」
強くならなくちゃ。
「姫様…!!」
そう笑うとシラクが耐えきれず後ろから璃緒を抱き締める。
「そんなこと仰らないで下さい…っ」
シラクは璃緒を強く強く抱き締めた。
「姫様は気高くて美しくて可愛いんですっ!だから私達は姫様にお仕えしてるんですっ!大好きだから、今ここにいるんです!だから――…」
シラクはぽそりと小さな声で、しかし力強く言った。
「だから、必ず幸せになれるんです。愛してもらえるんです。」
「シラク…」
ありがとう。
「お二人も、きっと国の為に悪行してるんです。根は良い人なんですっ」
もう良いよ。十分だよ。
「だと良いわね。シラクが言うと、本当にそんな気がしてくるわ」
璃緒はクスクスと笑った。
もう分かってるから。痛い程。
「じゃあ、シラク達には大好きな姫様の為に働いて貰おっかな」
よっと椅子から元気に立ち上がった璃緒は、はい、と手に持った2枚の紙を差し出す。
「何です?これ」
「こっちはバルドスに渡して。もう一つはあなたとラティに。用意して欲しい事とやって欲しい事を全部書いといたから」
さらりと紙に目を通すと、シラクは顔色を変えた。
「これは…っ」
慌ててもう一度目を通す。
「何を…なさるおつもりで?」
呆然と紙を握り締め立ち尽くすシラクを余所に、璃緒はカチャカチャと茶器を片付けながら不敵に笑った。
「カーニバルでも始めようかと」
「こんなのっ危険過ぎます……っ」
「私、運は良いのよ?それに、最初に縁談の話を聞いた時から考えていたの」
どうせなら、楽しまなくちゃ…ってね。
「ホストは私よ。パーティーを面白くする為に多少の苦労は当然よ」
「でも…っ」
「シラク」
なおも反対しようとするシラクに璃緒は重々しい声を向ける。
「いつから、侍女が姫と同等な発言を許されるようになったの?」
「―――――――!!」
その言葉に、シラクは即座にその場に跪まづき頭を垂れ平伏した。
「申し訳ございません――っ!!」
「良いのよ、気にしないで?」
璃緒はシラクを立たせると、さぁさぁと背中を押して廊下へ。
「じゃあ時間が無いから急いで取り掛かって頂戴」
「かしこまりました」
一礼して出ていこうとするシラクは、扉を閉めながら口を開いた。「姫様」
「ん?」
「姫様を愛してくれる人がたくさんいること、忘れないで下さい」そう言って閉じられた扉に体を預け、璃緒は長いため息を漏らす。
「愛されてること、ちゃんと分かってるよ。…でも…」
わがままでごめんね。でも必要な事なの。
瑯を取り戻す為なら、自分の幸せだって投げ売るわ。
私は王女。愛した人と結婚なんて、出来るわけない。
by 遊 水羽 at 17:57 |
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2008/06/08
………変だ。
そう感じたのは落ちてから1473歩分歩いてから。瑯の主観時間で言えば大体10分くらいだった。
瑯は足を止め洞窟の岩肌に持たれ掛かり、静かに目を閉じて耳に神経を集中させていた。
「音がしない…」
瑯が両腕を伸ばしてもまだあまりある幅と高さを持った洞窟である。人工にしろ天然にしろ、何か生き物の跡があって良いものだ。しかし洞穴内は空気でさえ息を潜めていた。
「これ…どこかに繋がって…るよな?」
洞穴の様に景色が変わらない所では、しばしば進んでいないように感じられる……というのは良くある話だが。
これは……いくらなんでもおかしいよなぁ。
さっきから壁面の凹凸でさえも変わっていないように見えるんだよね。
「…………試してみるか!!」
瑯は腰に下げている道具袋の底から隠してある投剣を取り出すと思いきり振り被り、全力で岩肌に叩き付けた。
投剣はぎぃん…っと鋼のぶつかり合うような高い音が響かせ、瑯の手に小さな痺れを残す。
「ついた」
壁に近付いて良く見ると、小さな切傷が残っていた。真新しいその傷は菱形の様で…楕円の様で…点の様で……そして傷は吸い込まれるかのように消えた。
「…やっぱり!!」
瑯はぺたぺたと壁面を探るが、傷痕はもう跡形も無く、剣で切りつけた事を示すのは岩に叩き付けられ僅かに歯が欠けた投剣だけだった。
「あ――――…捕まっちゃったか…?どうやって逃げ出そうか…」
呟くと胡座をかき、地面に座り込む。
これが奴等の得意な幻影ってやつなんだろう。
歩き回ったって、どうせ何処にも辿り着かない無限ループだろうし…多分今更戻ったとこで、あの穴が見つかるとは思えないしなぁ。
歩き回って疲れたら敵の思う壺だよな、うん今は休もう。
そういえばテイルがこの間、出掛けた時に幻術に嵌まった時の対処法を玖桜と話してて…
なんだったっけ。情報収集も大変だな、くらいにしか思わなかったんだよなぁ…あぁバカか俺。いつも周りに糸を張れってお頭が言ってんのに。
ぶつぶつと独り言を続けていると、ふと視界の端を動くものがよぎった。
「……?」
瑯は顔を上げ、目を凝らした。
気のせい…か?……いや、気配がする。
じっと闇に目を凝らし神経を研ぎ澄ましていると、蜃気楼の様に暗闇がぐらりと揺らぎ、何もいなかった空間に突如、一匹の岩猿が現れた。
岩猿は黒い体を毛ほども動かさず黙って瑯をじっと見つめていた。
なんだか目で何かを伝えている様な気がする。
なんだろう…気になる。
暗闇に浮かび上がるような金色を帯びた瞳だ。縁は少し赤みが挿していて…瞳孔は茶に近い金だ。日に透かしたらトパーズみたいな…気が…する。
あぁ俺、何考えてんだ?今はそんなのより考えなきゃ…いけないことが…あるの…に。
……………眼が離せない………………。
瑯は岩猿の視線に絡み取られたかのように体を軋ませる事すら出来ずに、岩猿の瞳をぼやけた翡翠の瞳で凝視していた。
………あぁゴメン玖桜、直ぐに戻れそうにないや。
ごめんなさい、王様、深良。依頼…ちゃんとこなすから…ちょっと待ってて。
お頭、またどやされちまうな…。幻術対策を怠るなんて…盗賊失格だよなぁ。
…これ……捕まったらどうなんだろ?璃緒とか…動きそうだな…。
頼むから…馬鹿な真似すんなよ……璃緒。
あいつ…俺に引け目があるみたいだし…揶矯がちゃんと止めると良いけど…。
………玖桜………ごめん、玖桜……。
視界がぐらりと傾き、瑯は遠くで炎のように輝く双眸を最後に、意識を手放した。
岩猿は倒れた瑯の脇に立つと、無感動な瞳で見下ろし、ぐにゃりと口の端を歪ませ、笑った。
トーマとテイルの亜人兄弟が経営する[猫]の地下で、玖桜は壁一面にあるトーマの蔵書の一つをパラパラと捲っていた。
コンクリートブロック並みに厚く重た気な本の背表紙には、世界の植物と書かれ、中には丁寧な挿絵と詳細な情報がページにぎっしりと書き詰められていた。
「…………瑯?」
玖桜は本のページを捲る手を止めると顔を上げた。
今の…映像は何?
暗闇を歩く瑯と、手で包む様に瑯に纏わりつく霧…みたいな。
思い出し、ぞくっと体を震わせた。冷や汗が背中を伝う。
あれ…嫌な感じがします……怖い…!
「―――玖桜?」
「トーマさん…」
玖桜の変化に気付いたのか、猫族特有の鋭い聴覚が玖桜の呟きを捉えたのか、トーマは階段上から不思議そうに玖桜を覗いていた。
階段を心配想な表情で降りてくると「どうかした?」と玖桜の肩に手を置き目線で尋ねた。
「トーマさん……瑯が、瑯に何かあったのかも…ううん、あったんだわ……っ」
混乱している玖桜を一瞥すると、トーマは玖桜の手の本を傍にあったベッドに投げ捨て、玖桜の手を取って一階に上がり、玄関の壁掛けから二人分のコートを取ると一つを玖桜に押し付けもう一つに手早く腕を通した。
「ちょ…トーマさん?」
「どうしたぁトーマ」
「テイルさんっ実は…」
騒ぎに気付き隣のキルエのパン工房からトーマの双子の弟、テイルが驚き駆けてきた。玖桜が異変を告げると、納得し頷いた。
「で、お兄ちゃんは何をしようとしてんのかにゃ〜ぁ?」
猫族の象徴でもある猫耳をぴくぴくと揺り動かし、テイルはトーマに纏わりつく。
「……………………城…に。」
「はぁいお馬鹿さん。俺達亜人が王城にアポ無しで乗り込んだって入れる訳ねぇだろぉ?」
「でも瑯を雇ってるのは…うっ」
がしっと首に腕を回され息を詰まらせるトーマをギリギリと羽交い締めにしながら
「だから、ね。なんでアイツラが瑯を使ってると思ってんのさ。後ろ暗い事をあからさまに作りたくないからでしょ?それなのに盗賊と付き合ってるなんて認める訳ないっしょ?」
「……でもっ」
「でもじゃないのよお兄ちゃんっ大体今城に行ったって協力者はいねぇんだぜ」
「………どういう意味ですか?」
引っ掛かる言い方に玖桜が尋ねる。にやっと笑いテイルは答えた。
「璃緒サマ、婚約だかでラーナに向かってんだよ。」
「婚約!?…じゃあ揶矯さんもそちらに…?」
テイルはやっとトーマから手を離すと、「ちゃうちゃう」と言って壁に掛けられている大陸図を指差した。
玖桜はテイルの指先を辿り、顔をしかめた。
「テルダム……北方前線ですね。」
「そ、馬で一週間の距離かな。つー事で俺等に協力してくれるやつはゼ―ロ…って…ちょ、玖桜ちゃん?聞いてる?」
黙々とコートを着だす玖桜を見て声を掛けると、玖桜はきょとんとした表情で顔を上げた。
「はい。十分現状認識しました」
「う―ん。そりゃ良かった。…それでどこ行く気な訳?」
頭を押さえながら聞くテイルに玖桜はやんわりと答えた。
「お城。」
テイルは頭を掻き足を組み換えながら、ため息をつく。
俺の周りにはどうしてこう、猪突猛進型ばかりなんだ……。
「……危険だよ。もう解放されたと言っても君は…」
「亜人の二人が忍び込むよりは格段に安全ですよ―。見つからなきゃ大丈夫ですし」
「…………………来るなって事」と呼吸を整えたトーマ。
「…はい。大丈夫ですっ勝算はありますから」
下を向いたトーマの肩に手を回したテイルが尋ねる。
「…勝算?何する気?」
いぶかし気な視線に挑戦的な笑みで答える。
「実・力・行・使」
走り去る小さな影を見送りながら、テイルは戸口にもたれかかり深いため息を吐く。
「――――――…怖っ」
眠れる獅子を起こした…ってやつか?
部屋に戻ると椅子に座ったトーマが不満そうに見上げてきた。
このお兄ちゃんも、まったく。
「トーマ。役立ちそうな薬草、集めといてよ」
「………?」
テイルはトーマの側の椅子に座り、ぱしっと両手で頬を挟んだ。
「瑯の為に何かしたいんだろ?玖桜ちゃんはきっと瑯の所に行く気だ。怪我をするかもしれない、瑯が怪我を負ってるかもしれない…でしょ?」
「ついて行っちゃ…ダメか?」
トーマの悲壮な顔にテイルが思わず苦笑する。
「だ―め。俺達じゃ玖桜ちゃんも瑯も守れないよ。」
「…………」
「分かるよ、俺だって二人が大好きだよ。…でも亜人の俺達は人間より非力だから、今回の旅には不向き。だから、俺達は俺達の出来る一番良いことをしよう?」
トーマは、分かるよね?と首をかしげるテイルをじっと見つめ、深く頷いた。
「…調合してくる」
「ん、行ってらっしゃい。俺はお頭達に知らせてくるよ」
テイルがコートを取り玄関の扉を開けようとした時、まだ地下へ続く階段の上でトーマがこちらを見ているのに気付いた。
「………………」
「どした?」
「……ありがと」
ほんの少しだけ口の端を上げ、そう言って下りていくトーマを見て、テイルは無言で破顔する。
いつからだったかな。またトーマが笑うようになったのは。
十年前の悲劇。ディアボロスの虐殺。ローディア大陸南東部に位置するディアボロス諸島にいた亜人、千人の内半数以上が、人間達により無抵抗のまま殺された。
……………昔…の話か。
色褪せた赤い光景を、頭を振り消し去る。
やっと掴んだ幸せ。人間達に奪われてたまるかよ…っ
テイルはコートの襟足をぎゅっと首に寄せ、足早に駆け出した。
雪解月の夜は、微かに暖かく、未だ冷たい。
by 遊 水羽 at 14:20 |
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