2008/11/09
「でねぇ、揶矯君ったらぁ酷いのよぅ」
ウィスカちゃんが揶矯さんの最近の対応について捲し立てるのを、私とトーマさんは黙ってお茶をすすりながら、テイルさんと瑯は要所要所で茶々を入れながら聞いていた。
酷くない〜!?と頬をぷぅと膨らませるウィスカちゃんを見つつ、私はテイルさんに小さな声で話しかける。
「ウィスカちゃんって…揶矯さんのこと、まだ諦めてなかったんですか?」
「ん―まぁ、騎士サマの相手もあの方だからねぇ?しかも告白する気も両想いになる気もないらしいし?そんなの諦めつきにくいでしょ。玖桜ちゃんも経験ない?」
「ありません。」
「――だろうねぇ」
即答すると、一呼吸置いてテイルさんは苦笑した。
だって瑯以外に恋した事が無いんですから、しょうがないじゃないですか。
私が少し口を尖らせると、テイルさんは「怒っちゃ可愛いの台無しだよ?ほら笑顔笑顔」と、流してしまう。
テイルさんって、こういう所がズルいと思います。
自分だけは渦中に入らない感じ。
「ま、あの諦めの悪さは性質もあるんじゃない?あんだけ邪険にされて近付くなんて、Mなのかもねっ」
「えむ?」
聞き慣れない単語に私が首をかしげると、ウィスカちゃんの話を無言で聞いていた(聞いてたかどうかは怪しいけれど)トーマさんが、くるりと振り向き、機械的に告げた。
「マゾヒズムの略語。異常性欲の一種。異性から虐待され肉体的・精神的苦痛を与えられることより性的満足を得る。被虐症の事。」
「被虐症…」
って事は痛いのが好きな訳ですね。
瑯と錬君が何度お頭さんに怒られても、懲りずに喧嘩するのも同じ事でしょうか?
痛いのが好き…ううん。分からないです。私は痛いのは嫌い。
神殿でも、悪い事をしたら神官様のお仕置きがあって、鞭を構える神官様がとても怖くて、これも神の一面だとおっしゃって…。
そういえば大神官様が良く庇って下さったなぁ…お元気かしら。
持病の腰痛。寒いし悪くなってないと良いのですが。
「腰痛に聞くお薬ってありますか?」
「ごめん何の話?」
どこからその返答になるのと聞き返すテイルさんの横で、トーマさんが立ち上がり薬を出しながら口を開いた。
「…閻魔様の仕打ちも歓喜の涙?」
「瑯〜。この二人、会話が成り立たないんだけど?」
うめくテイルさんに瑯が一言。
「相づち打っとけ。」
「はいよ」
ウィスカちゃんが拳を握り締めながら絶叫。
「私の話を聞いてよ――――っ」
あ、忘れてた。
by 遊 水羽 at 23:36 |
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2008/09/15
瑯の眼が好き。
学校から帰って来た錬君が瑯達に質問する。
余談ですが学校とは、貴族や第3区画の子が通う王立学校や私みたいな巫が通う神学校ではなくて、元先生のリーダン教授という方が広場のミーミルの泉でご厚意で開いている教室の事です。
「宿題でさ、秋と言えば何か考えて来いっつーんだけど、璃緒姉さんは何が正解だと思うよ?」
「もちろんサミュエル湖での紅葉狩り以外あり得ません!あの紅葉を見ずして秋は始まりませんわ…っ」
うっとりと微笑む璃緒ちゃんの横でトーマさんがぼそりと一言。
「……書」
「サミュエル湖には貴族しかいけないから、皆が楽しめる読書の方が良いだろうって」
きょとんとする璃緒ちゃんに私が耳打ちをした。
「どうやったら"書"でそこまで読み取れるのよ」
何となくです。
「玖桜ちゃんは相変わらず凄いねぇ。」
テイルさんがくっくっと笑う。
「俺は特にないなぁ…ウィスカは?」
「ウィスカはぁ〜収穫祭かなぁ?パンがたくさん作れるし」
あ、私もです。
「収穫祭で舞うのは楽しかったですよ」
「そりゃ玖桜ちゃんにしか味わえないねぇ」
テイルさんは男性ですもんね。
「そういう問題か?」と錬君。
その時壁に持たれていた揶矯さんが顔を上げた。
「…菓子だ。」
「揶矯…分かったから…」
溜め息を吐きながら"黙れ"と言う璃緒ちゃんを見事に無視し、そのまま錬君の肩を掴み熱く語りかける。
「秋と言えば甘いチョコや新作クレープ。特に甘く煮た栗を使ったスイーツに勝る物はない。更にだな…」
「や…揶矯兄さん…ちょっと怖っ…瑯兄!瑯兄は何かねぇのか?」
「俺?」
今まで黙って眺めていた瑯が顔を上げ、少し考えてからにやりと笑った。
「お前にゃまだ教えねぇよ」
「ひでっ教えろよっ」
逃げる瑯に机を飛び越えて錬君が掴みかかる。璃緒ちゃん達はさっさと避難し、テイルさんが囃したてる。投げられた椅子が揶矯さんの足に当たった所でお頭さんが登場。鉄拳制裁で幕切れ。
頭を抱えて踞る瑯と目が合うと、瑯が悪戯っ子の様に楽しそうに目を細めた。
「少し寒くなって、皆で狭い所でぎゅうぎゅうになりながら騒ぐのが、秋は一番良い」
多分そう言いたいんだと思う。瑯はいつもたくさん眼で語ってくれる。
この暖かい眼に、私はいつも弱いんです。
by 遊 水羽 at 17:40 |
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2008/08/06
井戸から冷やした野菜を取り出していると、瑯がポツリと呟いた。
「嵐が来た…」
え?と振り返ろうとすると、突然ずしっと重いものにのしかかられ
「きゃ―っ」
潰れた。
「わ、ごめん玖桜。大丈夫?」
「ばっか、早く退いてやれよ」
「あ…璃緒ちゃん…!?」
瑯に助け起こされながら、心配そうに見ている突撃主を見て私は驚きの声を上げた。
なんて言おう、と考えて言葉に詰まる。
だってこの間のお祭りに来なかったのは私のせい…でしょう?
璃緒ちゃんが王女様だって事に誇りと苦しみを持ってるって知っていたのに
璃緒ちゃんが苦しい事を隠して、一生懸命忘れて、笑ってるって知ってたのに
私はほじくり出したんだ…。
「玖桜っ」
名前を呼ばれ、はっと顔を上げると、璃緒ちゃんが優しく微笑んでいた。
璃緒ちゃんは私をきゅっと抱き締めて
「私、玖桜が大好きよ」
そう言ってぽんぽんと私の頭を撫でた。
うん。私も大好きだよ。
ごめんなさい、ありがとう。
璃緒ちゃんの笑顔は、今日もやっぱり全てを受け入れた強い笑顔で
「うん」
悲しくて、嬉しくて、涙が出た。
神様。
私は巫女としては出来の悪い子ですが
彼女の幸せを私の全霊で願うから。
どうか、彼女に優しい未来を下さい。
by 遊 水羽 at 23:46 |
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2008/07/04
今日は久しぶりに王宮にお邪魔して、璃緒ちゃんに浴衣の着付けをしています。
「璃緒ちゃん苦しくない?」
「苦しくないけど、暑いわ…」
と、手でぱたぱたと顔を扇ぎながら言う。
少しお疲れ気味…かな。
「璃緒ちゃんは腰が細いから…タオル入れないとカッコ悪いんだけど……」
タオル抜く?と聞く私に、璃緒ちゃんは「かっこ悪いのは嫌」と言って扇ぐのを止めた。
璃緒ちゃんらしいなぁ
ふふっと笑うと、璃緒ちゃんが、可愛いっと抱きついてくるので私は思わず赤くなってしまう。
「もうもうっほら、ちゃんと立ってて下さいっ」
「はいはい」
あーあ。せっかく途中まで結んだ帯がぐしゃぐしゃ。
私はため息を吐いて、もう一度結び直し始める。
璃緒ちゃんは、しばらく静かにされるがままになっていたけど、少しして口を開いた。
「ねぇ、玖桜」
「はい?」
「――本当は、何をしに来たの?」
その問いに、私の手がぴたりと止まる。
「…わかります?」
「そりゃ、玖桜の事だもの」
そう言って、璃緒ちゃんは私の手を取った。
結びかけの帯が、またハラリと落ちる。
「何か悩みがあって?」
璃緒ちゃんの翡翠の瞳が、真摯な光に染まる。
こういうとこ、瑯と一緒なんですよね。
「聞きたい事があるんだけど、良い?」
璃緒ちゃんは黙ってうなずく。
「……璃緒ちゃんは、揶矯さんが好きなの?」
「そうよ?知らなかった?」
一拍置いて、なんだそんな事、と璃緒ちゃんは笑い始めた。
あぁ…分かってしまった。
私も笑おうと口の端を上げる。
恋をしてない。
やっぱり璃緒ちゃんは、揶矯さんに恋をしてない。
いつもの明るく強い璃緒ちゃんだから、私が気付かないとでも思いました?
私も、璃緒ちゃんのことなら分かるんですよ?
なんで?
言ってくれれば良いのに…。
私だって力にならなくても、力になりたいんですよ。
私は、うまく笑えなかった。
by 遊 水羽 at 00:31 |
玖桜の日記 |
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2008/05/26
「ねぇ、どこいくんですか?瑯」
横を歩く瑯に尋ねると、秘密――、と笑いを含んだ声が返ってきた。
昼下がりの大通りを二人でのんびり歩く、なんて凄く久しぶりで自然にわくわくと胸が浮き立つ。
そのまま特に意味も無い会話を続けながら歩いていると、向こうから近衛兵士の三人組が歩いてきた。
昼間っからお酒を飲んでいた様で少し足元が覚束無い雰囲気。腰に下げた剣帯をカチャカチャと鳴らせながらふんぞりかえって歩いている。
「近衛兵…」
うぁ……やだなぁ。紫黒の制服に胸元の紅いバッチとか、鈍く光って嫌な感じ…です。
そう思って視線をずらす。
当然ながら、一年前に神殿から逃げ出し、力ずくで捕らえられそうになった玖桜は、近衛兵士にあまり良い印象を抱いてはいない。
傍で買い物していたおばさんが、騎士様とは大違いだよ、とぼやいた。
全くだと思う。
もちろん近衛兵士だって、飴をくれたり子供と遊んでくれたりと面倒見の良い気さくな人や、しっかりと町の警備をしている真面目な人もいる。
しかし近衛兵団は、騎士団より規律も入団条件も緩いので人数も多ければ、近衛兵の帯剣特権や権力を悪用するああいう輩も多い。
国王ももちろん対処しているのだが、そういう馬鹿は何度駆除しようと涌いて出てくるもの…と以前ダンテお頭が太い眉を寄せながらぼやいていた。
「止めて下さいっ」
空気がざわめき悲鳴があがる。見ると、近衛兵士の一人が花屋の娘に絡んでいた。
周りの人々は、止めようと駆け出そうとするも、他の近衛兵士が剣帯に手を置くと躊躇し、距離を置き成り行きを見守っている。
どうしよう…っ剣は大して怖くないけど、あの女の子を人質に取られたら…やりにくいっ
咄嗟に左手の瑯を見ると、舌打ちして足を一歩踏み出すが、ふと何かを閃いた様に微かに上を見上げ、満面の笑顔でにんまりと玖桜を振り返った。
「……?」
「ね、玖桜。俺がどこを目指してたか…知りたい?知りたい、よね?」
「知りたいですけどっ今はそんな――…ひゃっ」
助けてあげよう、と言おうとすると、瑯は玖桜の小さな頭をくしゃくしゃと掻き撫で、「着いておいでよ?」と言うと、近衛兵士の方へゆったりと歩を進めた。
近衛兵士の一人が近づいて来る瑯に気付き、剣を抜き放った。
「何だぁ貴様。ガキは大人しくママんとこ返んなっ」
唾を吐きながら叫ぶ男に、瑯はにこやかに近付く。
「や―だなぁ、お兄さん。こんな16の子供に喧嘩売らないでよ」
「うるさいっ」
喚き、顔面に剣をつきつける近衛兵士を冷やかに見つめ、口の端をあげ、そして視線を近衛兵士の胸元に落とす。
「お兄さん…良―いもの持ってるね。何て言うんだっけ、近衛証?それがないと、もう近衛宿舎に入れないんだよね…」
「何言って……」
「それ、頂戴?」
そう言うと、流れるように近衛兵士の眼前に迫り、一瞬で近衛証なる紅いバッチを右手に収める。
「瑯…っ」
何やってるんですかっ!?
「…あっ」
「おい何やってるっ」
驚き迫ってくるもう一人の近衛兵士と、女性に絡んでいた近衛兵士が振り向き、瑯に近付いてくる。
「お仕事…かな?」
笑いながらも鋭い光を眼に宿し、近付く二人にも詰め寄ると、二人の胸からも素早くバッチを掠めとる。
「このガキ早えぞ!!」
瑯の動きに付いていくことが出来なかった三人は、酔いが冷めたか、瑯を素早く囲み、静かに剣を構えた。
集中してる……っ
剣から殺気と闘気が鋭く放たれている。
どうするの……瑯。
中心にいる瑯を見つめると、瑯はにこやかに受け答え、構えた。
「玖桜っ受け取れっ」
「え、はいっ!!……えぇぇ!?」
勢い良く瑯の手から放たれた三つのバッチは綺麗な弧を描いた。
玖桜はそれを反射的に全てキャッチする。
「貴様っ仲間かっ」
近衛兵士が注意を玖桜に向けた隙を抜い、瑯は円の外へと出て、そのまま玖桜を追い越し駆け出す。
……え?ちょっと待って。
暫し玖桜は思考を停止する。その隙に近衛兵士達が駆け寄ってくる。
――――逃げなきゃ!!
「きゃ―――――っ!」
「あ、待ちやがれっ」
玖桜は反射的に身を翻し、その場から逃げ出す。
前方にいるはずの瑯は人混みを軽いフットワークで縫うように進み、直ぐに姿が見えなくなった。
あぁこれ、どうすれば良いんですか?捨てちゃダメ?ダメなの瑯っ!?
でも捨てても、あんなに怒ってたらやっぱり許してくれないですよね!?
じゃあやっぱり持ってるべき?どうなのその辺っ
脇道に駆け込むと、足の速い細身の近衛兵士が傍まで迫り、剣を振り上げた。
「うらぁっ」
「わっ」
振り下ろされる白刃を紙一重でかわすと、身体を反転させ、突っ込んでくる近衛兵士の腹に膝を叩き込んだ。
「ぐえぇっ」
「ごめんなさいっ」
近衛兵士は腹を抱えて跪く。その顔に玖桜が間髪入れず蹴りを放つと、近衛兵士は鼻から血を流しながら地面に伸びた。
「あの、ダンテお頭達から、一撃で満足せずちゃんと叩きのめせって教わってるんです、だからその…ごめんなさいっ」
伸びた近衛兵士にとりあえず謝り、後ろから足音が聞こえるので、また駆け出した。
「瑯……どこだろう……。」
盗賊長屋に帰れば会えるだろうけど、そうすると、まずは追手を片付けなければ。
「見つけたっ」
「ひゃあっ」
振り向くと、長身の近衛兵士が猛然と突っ込んでくる。
ちょ、怖いからっ
玖桜は弾ける様に駆け出し、左手に現れた階段を駆け上がる。
「はぁ――っはっはっ追い詰めたぜ嬢ちゃんっ」
「ドンソン!!」
階段の頂上にはドンソンと呼ばれた先程女性に絡んでいた大柄な下っ腹の出た男。
ドスドスと階段を降りて来るが、玖桜は気にせず駆け上がる。
「ひゃっはぁっ捕まえたぜ……え?」
玖桜を捕まえようと勢い良く伸びてきた手を掴むと、そのまま相手の勢いを利用して投げ飛ばす。
「ドンソ―――――ンッ来るなあぁぁぁぁぁっ」
「スカ――――――ァッ受け止めろぉっ」
巨体は止まる術など知らず、重力に従い勢い良くスカーと呼ばれた男にぶち当たり、二人共々揉んどりうって階下へ転がり落ちていく。
「これでもお頭に毎日鍛えられてるんですからっ舐めないで下さいっ」
落ちた二人はもう聞いてはいない。
……舌、噛んでないと良いんですけど。
腰に手を当て、ぷぅっと息を吐くと、パチパチと後ろから軽い音が。
「瑯っいつから?」
振り向くと屋根の上に座って瑯は拍手をしていた。声を掛けられ、「よいしょっ」声と共に飛び降りると、
「ずっと見てたよ。玖桜は合格。」
「………え?」
見てたなら助けて下さい。しかも脈絡がわからないのですが。
「…何が、合格ですか?」
そう聞くと瑯はにんまりと目を細めて楽しそうに玖桜の手を指差した。
「……?」
玖桜がいぶかしげに瑯の顔を覗き込むと、瑯は満面の笑みで「開けてみてっ」と返した。
…近衛証に何か……
「……え!?」
手を開くと、近衛証バッチがあるはずが、そこには一枚の小円の木のバッチが。
紅い焼き印で、中心に鎖に繋がれた鷹、その上と周囲に緋鷹とBlood-Red-Hawk(血染めの王者)の文字が描かれていた。
「"札"だ……っ」
札とはグラシア王国中に三つある(更に細かく分けられる時もあるけれど)盗賊ギルドの仲間を見分ける印。
これがないと会合に参加したり、Bランク以上の仕事をすることが出来ない。
生まれながらに盗賊ギルドに居る人や、正式に転職した人は皆持っていたけど、玖桜はまだ正規に届け出てはなく、璃緒の計らいで巫と盗賊の二つのギルドに名を置いている特例だった。
嬉しい……っ
驚いて瑯を見上げると、瑯は優しく微笑み返した。
「気に入ってくれた?今日はこれを渡したかったんだ」
「うんっうん、うん…っ凄く嬉しいっ」
玖桜はこくこくと首を痛く成る程大きく縦に振った。
瑯はそれを見て、良かったっ、と更に目を細めて笑い、玖桜の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「もっと早くあげたかったんだけど、ギルド内でまだ早いって意見と仲間に入れても良いだろうって意見で別れたんだよね」
錬なんか心配性だから、危険だ早い、の一点張りでさ―っと軽く笑いながら階段に腰を下ろすので、玖桜も習ってちょこんと座る。
「お頭も渋ってたんだけどさ、玖桜も大分強くなってきたし、一人で追手から逃げ出せたら、認めてやるかって…。それで今日に至り、見事合格!」
わ…何か胸の奥がじわじわする…っ
そう言うと、瑯は笑って玖桜の額にキスをした。
「盗賊の世界へようこそっ」
私、やっと大好きな人達と同じ場所に立てたんだ………!!
瑯の笑顔に釣られる様に、私も自然と顔が弛んだ。
それからひとしきり声を上げて笑って、瑯が「帰ろうか」と手を差し出してきた。
その手を取りながら、ふと浮かんだ疑問を口に出す。
「そういえば、近衛証はどうなったの?」
受け取った時は、確かに紅いバッチが三つ、手の中にあったはず。
玖桜を立たせながら、瑯は少し得意そうに教えてくれた。
「近衛兵士から逃げ出して、玖桜の横をすれ違った時、だよ。気付かなかった?」
そこまで言うと、あぁ忘れるところだった、とポケットから三つの紅いバッチを取り出し、下で伸びている近衛兵士に向かって放り投げた。
「あの一瞬で……」
全然気付かなかった…。
同じ場所に立てた、とは言っても、まだまだ瑯のいる場所は遠いんだなぁと実感して、ため息の様な笑い声になってしまう。
ん?と先を歩き振り向く瑯に「何でもない」と答えて、隣に立った。
こっそりと右手に握られた札を見つめ、強く握り締めた。
早く近付きたいな、と思いを込めて。
by 遊 水羽 at 20:39 |
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